「お礼をする」、その言葉の中に礼儀の本質の全てがあります。人は何か恩義を受けた時、その感謝と敬意を込めてお礼を心からしたくなるのです。親しくなればなる程に、礼儀は深く篤く成るものです。礼はその心情から生れるもので有り、感謝と敬意を心を込めてするものです。ですから産みの親、育ての親そして兄弟姉妹への礼儀は大切です。


 そして、最も身近な存在として自分自身が有ります。自分自身を愛し大切に出来ない人は人を本当に愛し大切に出来ません。また、自分自身を生かす為に大地が、空気が、太陽が、水が、様々な生命が、大きな大自然が有ります。朝おきて自分を成り立たせている全ての存在と自分自身に対して感謝と敬意を表すのは当然の礼儀となります。「お早う御座います。今日も有難う御座います。」!


 食事で食べる食物は元々生命を持った物です。「食事をいただく」とは、ビタミン、タンパク質、カロリー等を摂る事では無く、自然から生命をいただく事です。「いただきます」、「ご馳走様でした」はその食物そのものと天地大自然、その食物に関わった全ての人への感謝と敬意を込めた言葉です。


 「礼儀」と言う言葉の出処は儒教ですが、その教えを一貫して貫いているのが、「恕(ジョ)」と言う言葉です。意味は「人からされたく無い事は、自分も人にはしない事」すなわち他人を思いやる心です。それが自然と態度に出たのが、他人への礼儀と成ります。


 小さな子供と言えど、人として尊い生命の価値に違いは有りません。感謝と敬意を持って礼は尽くすべきです。当然の事ながら「ガキ」と言う言葉は、ボキャブラリーの辞書から削除しましょう。



 自分の両親、そのまた両親と辿っていった先の最初の先祖、その全ての先祖有ればこその自分であり、感謝と敬意は尽くしても尽くしきれない恩義であり、「礼儀の本義」です。


 「ありがとうございます」は、宇宙に響く「礼儀の本質」を現す言葉です。一日の最初と最後に、自分自身と全てに、衣服にも忘れずに笑顔を持って「ありがとうございます!」と声を出してお礼をしましょう。ありがとうございます!。

 日向ぼっこをしながら、気持ち良く寝ていた猫がググググーっと背伸びをしました。これって「ストレッチ」ですか?違います。


 筋肉を働かせる、力を込める、とは筋肉を収縮させる事です。筋肉は収縮させることしか出来ません。使わないときの筋肉、疲れた筋肉、力の入らない筋肉は伸びています。こった筋肉はイメージからすると、縮んで固まっているように思えますが。実は伸びて血管も細くなり、代謝が悪くなっているのです。


 筋肉は屈筋と伸筋のペアシステムになっています。例えば、上腕二頭筋を収縮させると肘が曲がり、力こぶが出来ます。反対側の上腕三頭筋を収縮させると腕は真っすぐ伸びます。曲げる動きの筋肉を屈筋、伸ばす動きの筋肉を伸筋と言います。屈筋を収縮させると伸筋は弛緩し、伸びます。伸筋を収縮させると屈筋は弛緩し伸びます。さらに、筋肉を収縮させると筋肉は太くなり、その中を流れている血管も太くなります。ペア筋肉を収縮させると細くなり、血管も細くなります。この事により、血流に変化が起こり、血行が良くなります。これを筋肉のポンピングと言います。


 ペアになっている筋肉どうしを良く動かし、収縮と弛緩を繰り返してあげる事で血液が細胞に大量に投入され、新陳代謝が促されると同時に、体温も上昇し文字通りウォームアップします。結果筋肉は柔らかくしなやかになります。硬い筋肉を伸ばそうとすれば、引っ張ったゴムひもの様に切れてしまいます。柔軟性は結果であって、血流を良くして実質的なウォームアップがなければ、柔軟性は得られません。ストレッチでは柔軟性は得られず、返って事故の元になって仕舞います。


 「猫が背伸びをした時の動き」は、ストレッチではありません。背中側の筋肉、特に背筋を収縮させる動きをしているのです。筋肉はゆっくりと収縮させ、ゆっくりと弛緩させてあげる事が大切です。


 更に、「呼吸と筋肉」は密接な関係があり、「息を吐いて伸ばす」だけでは間違いです。この事は、又の機会に

譲ります。


 いのち、ありがとう。今日一日ご苦労さまでした。

 細胞は絶えずクラッシャー・アンド・ビルドを繰り返しています。古い細胞を破壊し、新しい細胞に造り変えています。それが「新陳代謝」です。


 皮膚表面は切り傷擦り傷が出来ても、1週間もすればかさべたが出来て、その下には新しい皮膚が再生されていきます。ボディービルを始めて鏡を見ても分る程に「筋肉が発達」するのに3ヶ月。骨は半年から1年で新しい細胞に交換されます。当然のことながら「癌細胞」も古いがん細胞は破壊され、新しいがん細胞に置き換えられているはずです。


 鏡を見て、1年前の「私」と今の「私」が同じに見えても、細胞(物質)レベルから見れば全くの別人と言えます。


 細胞の中のDNAと言う設計図に基づいて細胞は、再生されて行きますが、癌細胞は普通の細胞より増殖率が早く、そし「て元々のDNA」が傷ついたような、或いは付加情報が上のせしたようなものです。癌細胞は元々は自分の身体そのものです。


 新たな「細胞(生命)」が生まれ続ける関係からすれば、親子の関係が成立します。身体は細胞のレベルで絶えず「親子」の代替わりが繰り替えされています。


 体は身の内、「身内」です。身内が家族が親族が「犯罪を犯した」として、あなたは簡単に切り捨てられますか?罪を憎んでも更生を願い、支えようとしませんか。元々自分の体だった細胞であり、身体全体からすれば「子供」のようなものです。「病気と闘う」とは、「自分の影」とと闘うようなものです。元々闘いになりません。


 闘うべき本当の相手は「自分自身の心」です。不平、不満、傲慢、過度の欲望、弱気等が、自分以外の人を傷つけひいては自分自身をも傷つけています。それらが細胞にも現れてきます。自分の心をもう一度見つめ直し、病気の細胞でさえ、愛するべき身内として全てを受け入れ、細胞全てを愛する事が大切です。闘いは闘いでも、「愛する闘い」が本当の闘いではないでしょうか。


「病は、治すものではなく。治るもの」、誰でも熱い心と自然治癒力をもっています。一日一度は言ってあげて下さい。「ありがとう、私のいのち。ありがとう、ありがとう!」