HAPPY☆LIFE ~Greenのある暮らしを目指して~

HAPPY☆LIFE ~Greenのある暮らしを目指して~

H18年、結婚2年目で主人と死別しシングルマザーで子供を育てていった日々をつづっています

H26年に
再婚しこのブログも終わりにしようと思います。

そして、また一から、家族になっていく日々を新しくつづっていきます。
http://ameblo.jp/taikimama0409/

H18に前主人が亡くなり、1歳4か月の息子とスタートした生活。
辛い事の中で見つけた幸せを沢山つづってきました。

そして、H26.3月、5年間一緒の時間を過ごしてきたひろくんと一緒になり、3人での生活が始まりました。


このブログはここで一度終わりにします。


でもこのブログは私と息子を支えてくれた大切な宝物です。

私自身、自分のブログにコメントをもらったり、検索ワードでたどり着いた方たちの存在に救われてきました。
私と同じように同じように、闇の中をさまよってここにたどり着いた方の、少しでも力になれますように








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このブログの始まりともなったpapaとのお別れを書いていきます

やっと書けるようになった気がします。


学生時代から8年の交際を経て結婚した私たち。

25歳を前に強引に結婚へこぎつけたっという感じでした。

当時彼が務めていたのは営業のお仕事。
給料は10万代前半。

私の方が稼いでいたし共働きで何とかやっていける感じでした。

彼は仕事のつきあいと言って結婚しても毎日午前様。

そんな中すぐに子供が出来て、子育てに没頭していた私。
子どもが11ヶ月で仕事にも復帰したので、毎日ヘロヘロだった私は、papaの帰りを待たずに布団に入って寝てしまう事も。。
もうすでにこの頃からpapaの事、分からなくなっていたのかもしれません。

でも私は貧乏だけど気持ちはつながっているってそう思ってのんきに暮らしていました

3月、papaの鞄から大量の借金の明細の用紙を見つけてしまいました。
問い詰めてもだまったままのpapaに私は理由を問い詰めました。

すると、
この借金は、ある新薬が発表される会社に投資した
7月になれば倍になって返ってくる 
とこたえました。

それ以上、疑う理由もなかった私は、papaの言葉を信じました

当時、papaのお給料は15万円。
今考えれば一家を養っていくにはとっても苦しい金額でした。
papaも無理をしていたのでしょう。

それでも仕事の後のお付き合いは お金は会社から出ているから と減ることもなく、終電過ぎれば、都内からタクシーで帰ってくることも当たり前。

けれどそれ以外にも、papaは数万必要だというので渡した、たいたいの為に貯めはじめた学費の入った通帳から、数万どころか数十万おろしてしまったり、借入書は増えていくばかりでした。

7月になってもお金は倍になることもなく、もう一ヶ月待って とpapa


私はすがる思いで義母に相談しました



義母と私と papaと3人で話し合い、papaは再度私にした説明を義母に繰り返しました
8月になれば倍になって返ってくる

私たちは主人の言葉を信じるしかありませんでした


夜は帰ってこないけれど、週末になれば優しいpapaを私もたいたいも大好きでしたから
信じたかったのです

この時 借金は300万程になっていました

今になって思えば返せない金額ではありません
でも当時の私たちにはとても日々の生活から捻出できる額ではありませんでした
それもあってか、私はだんだん主人を疑う言葉が増えていきました

こんな不安が続くなら一緒に暮らせない と泣いて訴えました

papaは 8月まで待って  の一点張りでした


そして8月

お盆にpapa の両親と義妹と私たち家族で旅行に行きました。
穏やかな時間でした


その一週間後の金曜日です。
明日 支払いがあるからお金が戻ってくる
朝、出がけにpapaがいいました

良かった 安心した

と私は言いました

papaはたいたいを抱っこして、私は生ごみをもって家を出て、駅前の保育園まで一緒に歩いて行きました。

いってくるね

とpapaはたいたいの頭をいいこいいこして私に預けると 行ってくる といって駅に歩いて行きました。


これが、私たちがpapaを見た最後です。


その日の夜

papaは帰ってきませんでした

次の日も 次の日も 帰ってきませんでした

携帯もつながりませんでした

私は狂ったように留守電にメッセージを入れました


月曜日の夜

電話がかかってきました

心配かけてごめん 
明日には帰る

そんな内容だったと思います


私は

安心が怒りに代わり、彼にひどい言葉をぶつけました。


そしてそれからpapaと連絡が取れなくなりました


そして、papaが家を出てから6日目の夜中0時30頃

携帯にメールが来ました


今までありがとう そしてさようなら


という内容



そして 翌日の警察からの電話







papaは東京から離れ 青森を最期の場所に選びました







papaの言葉をつづったノートもありました



私は彼の携帯の履歴、メール、電話番号
片っ端から調べました

彼の着信履歴には 私の番号に負けないくらい沢山の
借金会社からの連絡が残っていました

何社からお金を借りていたのか
お金は何に使ったのか


今でも 何一つわかりません
papaが毎晩どこで誰と飲んでいたのか
最期の一週間何をしていたのか
何を考えていたのか

投資の話は本当に嘘だったのか
家族として過ごした時間は本当だったのか
わたしと結婚したのは間違いだったのか


全ての事が偽りになりました

一年ほどうつ状態になりました

保育の仕事も休みながら

でも、保険降りず貯金もなく、残ったのは大量の借金と大切な息子。

生きていくために、必死で働きました。



悲しみと 向ける当てのない怒りと  絶望感と

彼を思う気持ちと  気付けなかった情けなさと


けして消えることはない悲しみ


誰かのブログに書いてあった


自死遺族は

心がばらばらに 砕け散ってしまう

そのかけらを必死で一つ一つつなげなおしていく


一度割れた傷は消えることがない

元どうりになったと思っても


何かのきっかけで すぐに継ぎ目が取れたり 欠けてしまう


そんな危うい心を抱えながら それでも


亡き人を思いながら 穏やかな気持ちになっていく


それまでにかかる時間は人それぞれだけど


必ず 時間が 和らげてくれるから




先日、papaの荷物を片付けていたら、学生時代の日記が出てきました

結婚前の不安が書き綴られていました

あと3ヶ月で結婚式
自分はやりたくもない仕事
情けない給料
こんなんでやっていけるのか
今でも自分の近くに 死 を感じる


こんな文章でした




自分が結婚式で浮かれているときにもうpapaは悩んでいたのかもしれません。
常に死を感じていた彼は、必死でその思いを打ち消しながら
あの日まで頑張って私たちとの日々を過ごしてくれたのかもしれません




それでも


たいたいは間違いなくpapaと私の宝物です。
papaも最後までたいたいのことを案じていましたから、

たいたいの人生だけは
みんなが望んで生まれてきたと、確信しています

写真の中のpapaはたいたいを抱えて笑っています


私は

papaが最期に残してくれたノートの

みんなに感謝しています
出逢えてよかった

これを思い出し信じていくほかありません。


papaへ


私の人生に確かにpapaはいて、大切なたいたいと、幸せな思い出をくれた。
あなたを守れなくて ごめんなさい

これからは大切な人達との一日一日を大切に過ごすこと
後悔しないように

これを胸に刻んで生きます

どうか たいたいを 見守っていてください
ひろくんと結婚してから、家の中、毎日少しずつ片づけています。
狭い我が家だけど、少しでも彼が住みやすいようにと思い


と思って始めた書類整理の最中、
天国に行ったパパの最後の手紙を発見してしまいました。


あれ?こんな内容だったっけ


彼も、正常な精神状態で書いたものでは無かったと思い心の中にしまっていて今まで忘れていたことが、この手紙をきっかけに次々とあふれ、

よせばいいのに、それ以外の所からいろいろな書類を、漁ってしまいました


そう、遺族は普段忘れているだけで、きっきさえあればいつでも、あのどん底に戻れてしまうのだと改めて感じてしまいました。


でも、今までと一つ違うのは、いつでも隣にひろ君がいてくれること



ひろ君は、わたしが今まで一人で抱えてきた重荷をひょいとかつぎ、彼の手紙を読んで、彼の思いをくみ取ってくれました。

そして

おれの妻になったんだから、ほかの男のことで泣くな…

おれのものなんだから

と、笑顔で一言 優しく声をかけてくれました。


前の主人を思いだして泣くわたしを優しく抱きしめてくれたひろ君の手のひらが、今でも忘れられないくらい



おもえば、前の主人のことをたいきちとの会話にも出してくれたり、話題にしてくれるひろくん。

ほんとにおっきなひと。。
 

辛いとき魔法の言葉は、小木ママから教わった、

まっいっか

てすって


三回唱えると、辛いことも笑顔に代えてくれるから不思議。。。


彼のためにも、ひろ君のためにも、
過去を引きずって泣くのはもうやめようとおもいます


彼の思いでは、
楽しいことだけとっておこう(*^_^*)


辛い事は

さようならしてしまおう


ひろ君がいれば、わたしも強くなれるかな?









先日、待ちに待った結婚指輪がきました!











そして仕事から帰ってきたひろくんの手には   

トップスのケーキドキドキ


自分の手に 二人で選んだ指輪がはまって


ダイヤがきらり  ひゃー(*^_^*)


そして



それ以上に


彼の薬指に


結婚指輪がついて



あー


私の旦那様になってくれたんだなあって



好感激




ケーキはたいきちも喜ぶからって


常に私と、たいきちのことを考えてくれるひろくんは


ほんとにスーパーマン




結婚して確実にひろくんの負担は増えたはずなのに


そんなこと感じさせないひろくん


そんなひろくんが


私も たいきちも

大好きなのです音譜
3月に ブリリアンス+ という銀座のお店で

婚約指輪と 結婚指輪を 買っていただきました


おおきなダイヤモンドを選んでくれて、結婚指輪にもたくさんダイヤを入れてくれて




そんな素敵な婚約指輪が昨日届きました

仕事から帰ってきたひろくん




バラの花束のプレゼントを用意してくれて


プロポーズ 

しながら


私に指輪を渡してくれました


そんなこと、されたの 初めてで



涙が出ちゃったよ






ひろくんカメラ係 たいきちライト係になり 

ママ(の指輪?)の撮影会(笑)



関節は太いし、指は汚いし、なんか指輪に申し訳なかったけど


この輝きをも見てるだけで幸せだー


ありがとう








見事なバラの花束と 婚約指輪

バラ トルコキキョウ

妻がお花が好きで…と言ったら バラの花をもう一色サービスしてくれたそうです(*^_^*)  





たいきちライト係のナイスな照明で ダイヤがきらーん





おっきいね(*^_^*)
あっという間の一か月

顔合わせをして
父のお墓参りに山形へ
入籍を済ませて
周りの人たちに報告

婚約&結婚指輪を購入して

ブライダルフェアを見に行き

大好きな住宅展示場にもいきまして(*^_^*)


急ぎ足で色々なことが過ぎていきます


もうこの年だし

今まで立ち止まっていた分

駆け足で

でも一歩一歩大切に

暮らしていきたいと思います。


そして今日は

たいきち 9歳の誕生日

家族三人で お祝いです!
今は夜中ですが、眠れません

1月に別れた彼と2月22日に再会。

そして、

プロポーズされた(*^_^*)


次の日には私の親へ結婚の申し込みに来てくれました


会いたくて会いたくてたまらなくて、でも会ったら好きな気持ちが抑えきれなくなるってわかっていたから

何とかして彼のことを考えないように


必死だった一ヶ月


なのに

今は

ずっと彼のことを思っていていいんだって


傍にいていいんだって


一緒に未来を語れる


私の人生に何が起きてるのか

3日ったった今でも、気持ちがフワフワしてる


彼を好きでいられることが

何よりうれしい



話はとんとんと進み

週末には入籍予定


4年間の彼との時間が

一気に実った




普通の幸せが


ずっと目を背けていた幸せが


目の前に広がっています


幸せになってもいいかな…(*^_^*)



わたしを


選んでくれてありがとう

じぶんでいれるコーヒーの匂いを楽しむ時間がとっても好きで、自分で組み立てて作った棚。

本日少し模様替えしました。




木箱にいろいろな飲み物をしまっていたのですが、あえて全面的にコーヒー使用にしました。

飾って、なおかつ使いやすい

珈琲たいむがますます楽しくなりました♪



落花生で節分の豆まき!

その後はいそいそと回収…

たいかちが、

去年大豆をすりつぶしてきなこ作ったから!



今年は落花生で

ピーナツバターを作ることにします(^-^)

Android携帯からの投稿
夕飯をちゃんと作りました(笑)
なんだかんだと、家にあるものでうまく済ませられた一週間…たいきち、ごめんよーしょぼん

野菜を沢山食べたくておかずを二品。
でも、育ち盛りの息子のため、ハンバーグもいれときました!

母は健康に痩せるべく、ご飯も食べるし運動もするぞー

今日はプールで泳いできたから、私も一緒にハンバーグ食べまーす(^_^)



明日も腹筋頑張るぞ!
たいきちのドラゼミを手伝いながら、なんか暇なので私も一緒に美文字練習音譜
たいきちは字を書くのが好きで、男の子だけどノートは凄く綺麗だし、本人も自負しているところ!

近々習字に通おうか?なんて相談中。

EXILEのTACAHIROみたいに、文武両道になってほしいな(親ばかだなー(^0^;))

後日、たいきちに採点してもらう予定の私の練習用紙↓ニコニコ




慣用句が苦手なたいきち。最初、

①はらが立つ



はらが引く

と書きました。

おなかが空いてイライラすること

と、自信を持って私にプレゼンしていました。。

まぁ、そういう日もあるよね…(笑)