昔、ロックスターの1人が
「変わり続けたから変わらずにいれたのさ」
って言ってたんやけど、
当時高校生の福本青年は
心底意味が分からんかったんや。

深淵を覗き込むとき、
深淵もあなたを睨んでいる
みたいなもんでしょ、はいはい。

ぐらいな感じやったんやけど
最近になってやっと
なんとなく意味が分かってきた気がする。

変わらずにいられること、
これは言うまでもなく
チェイスドであり続けることやと思うねん。

チェイスドであり続けるには
変化し続けなければいけない、と。

変わろうとしなかったものはどうなるか、
これは歴史が説明してくれるように思う。

外からの変化を拒むものとして
鎖国を行なった結果、
国力の差はいつの間にか圧倒的なものとなり
黒船にびっくり仰天したわけやん。
カイコクシテクダサーイ。

うーむ。なぜ歴史を学ぶか、
っていう積年の疑問がこんなところで
解決するとは。あれはきっと
失敗大全集なんだな。

バンドでいう、変化ってなんやろか。
きっと「音楽性」あたりが
パッと思い当たるものだろう。

バンドの核の部分を「音楽性」に
してしまうとおかしなことになる気がする。

核の部分は絶対揺らいだらアカンと思うねん。
そのバンドの本質が見えなくなる。
だから「俺たちはロックな曲をやるんだ」
「エッモエモな曲をやるんだ」
ということを核とすると
壮絶縛りプレイ状態となると思う。
変化し続けることが難しくなる。
何か違うことをするとブレに見える。

僕の核とは何か。
んーーーーー
公表するようなもんでもないし、
ワンマンで言うわ!

核の部分が体だとすれば
音楽性は服みたいなものやと思うねん。
いろんな服着たいやん、
気分に合わせて着たいやん、
ブレない核があれば
どんな服を着たとしても
チェイスドっぽい着こなしが
できると思うねんな。
結果、いろんなことができる。
変化することができる。
柔軟にやれるからチェイスドとして
続けることができる。

っていうことなんかな、
と思うようになりました。