ご存じ埼玉で繰り広げられる教師と保護者の争い


教師側が保護者側を相手取り、提訴することは全国初ということである


学校側の見解も公式に発表された。


さて私はここで疑問符をうちたい


学校はなぜ保護者のことを「モンスターペアレンツ」とわざわざ呼称したのか


そもそもモンスターペアレンツという言葉は教育社会学の学問上での、理不尽(論理にかなわない)な要求を学校側に押し付けてくる保護者を抽象的に総称したものである。


さて、この場合保護者が一人に個人特定されている状況で、学校側は「モンスターペアレンツ」とわざわざ呼称したのである。


これは問題発言ではないだろうか


というのは、その保護者の子供がこれについていじめを受けているという報道があったからである。


私はこの様な事態を予測していた。


この問題はそもそも保護者と教師の両者の問題であり、「校長」はわざわざ公式会見を行う義務もなにもない。


「モンスターペアレンツ」というのは、和製英語で、原意にあるのは明明白白ご承知の通り「Monster」、つまり「怪物」である。大辞林の第一定義には、「得体の知れない不気味な生き物、化け物。」


と堂々と明記されているのであるが。


私自身真実の程は知らないし、知る術もない。


母親がとったボイスレコーダーの教師の子供に対する対応は少々ヒステリックで良質の教育とは言うことが出来ないとしても人間が人間を教育する上であり得る感情的な高揚であり、許容範囲ということはできる。


そもそも私が今までつらつらと書きつづってきたことを、審判するのは、「わたし」でもない、「マスメディア」でもない、「学校の校長」でもない、上告を受けた司法の場である。


大学一年生でも理解出来そうな倫理の訓戒を垂れてきたわけであるが


それをどうして学校の長が理解できない?

そしてマスコミがそれをポイントに絞って批評できない?


わたしはこの事件自体も今までになかった教育界における重要な事件であり、大変注目していたのであるが


校長の対応と、マスコミの対応を見てもうどうでもよくなったという感覚を受けた。


モンスターという言葉を人間に対して使うということは(保護者自身も傷ついたとインタービューで答えていたが)、立派な心に対する殴傷行為である。


こういった公式見解を偉そうにマスメディアを使って全国に垂れ流す小学校の程度が知れるというこである。


また、埼玉県教育委員会もそれを放置している。


日本の教育に未来がないと批判されていったい誰が反論できる。