秋斉さんの大きく綺麗な手が乗った肩から、じんと温かい熱が広がってゆく。
私の事を嫌っているのだったら、こんな風に触れてはくれないだろう。
そう考えると、不安で悲しかった思いが薄らぎ、消えて行った。
それに今秋斉さんは、私の事を前から気になっていたのだと照れくさそうに言って、何か決意を宿した目をしてこちらを見つめている。
肩に乗せた手はそのままで、彼がすっと目の前に近づいた。
顔の角度を変えて見上げたら、秋斉さんの薄くて綺麗な桜色した唇が私の額にあたってしまいそうな距離。
だから、顔の位置はできるだけそのままで、視線だけ動かして目を合わせる。
触れられているのは肩だけなのに、それなのに、全身が熱を帯びて来た。
それはだんだんと首から耳まで広がって、そしてすぐに顔が真っ赤になっているのを自覚できる程、熱を感じていた。
「わては・・・」
秋斉さんが口を開いた。
「自分がおもてる以上に不器用なんや・・・こんなに誰かの事が気になって仕方のない事や、ましてや嫉妬みたいな気持なんて・・・今まで知らんかった」
秋斉さんは時折り苦しそうに表情を歪め、話を続けた。
私はただ、黙って頷く。
「あんさんが最初店にきはった時、心臓が止まりそうやった」
初めてT・GIRLで会った時の事を思い出す。
涼しげな表情、悩ましい瞳。
(そんな動揺した様子なんて、微塵も感じられなかったのに・・・)
「自分でもやっかいな性格やなと思うんよ・・・そうやって相手に気取られん技なんて身につけてもうてね」
くすっと秋斉さんが笑って、その息が私の前髪を軽く揺らした。
「出逢う順番がちごたら良かったんか、と何度も思ったんや。ここで、ここだけであんさんと逢うてたら・・・って」
彼のシャツの襟元から見える白い首筋が、ほんのり赤く染まり始める。
「だから、あんな風に心にもない事言うてしもて・・・堪忍な」
私が瞬きだけで返事をすると、
「それに、あんさんに深入りしてもうたら・・・わてはきっと」
その先を言い淀んでいるのか、暫く秋斉さんは黙っていたけど、やがて肩に置いていた手をゆっくり私の背中へと回した。
胸の中に閉じ込められる格好になって、秋斉さんの鼓動がどくどくと伝わって来る。
耳元に彼の唇が微かに触れ、閉じていた口を開く音が聞こえると、心臓をぎゅっと掴まれたような感覚に身体中が引きつった。
「そうなってしもたら、今だけじゃない・・・未来のあんさんまで欲しゅうなってしまう・・・それどころか、きっとあんさんの・・・」
低く話していた美しい声は、次第に掠れた囁きへと変わっていって
「過去にさえ嫉妬してしまう」
そう言って、私を抱きしめる腕に力が込められた。
「あ、き・・・なりさん・・・」
私は自然と彼の名を呼んでいた。
嘘、信じられない。
夢、じゃないよね?
あまりの衝撃に眩暈を起こして足元をふらつかせてしまったけど、秋斉さんがしっかりと抱きとめてくれたから、なんとかその場で立っていられた。
「すみません・・・大丈夫です・・・」
掴まるために、握り締めていた自分の両手を恐る恐る秋斉さんの背中に回してそう答えると、苦しい程に私を抱いていた腕の力がふっと緩んで、お互いの身体の間に少しだけ隙間ができた。
お互いの視線がぶつかると、秋斉さんは目元を和らげて
「な・・・わては、あんさんが・・・好きや・・・」
聞き取れないくらいの声で言ったその綺麗な唇が、ゆっくりと私の唇に近づいてくる。
唇が触れる直前で目を閉じたその時、
『ピンポーン♪』
裏口のチャイムが鳴って、我に返った秋斉さんはぴたりと動きを止めて
「はぁぁ・・・そうやった・・・しかしなんで今来るんや・・・」
がっくりと肩を落として溜息混じりで呟いた。
「紫苑せんせから、教材の運搬業者さんが来るって聞いてたんやった・・・ちょっと行って来ますんで、待ってておくれやす」
いつもの口調に戻った秋斉さんは指の背で私の頬をそっと撫で、くるりと踵を返して裏口へと向かった。
その後ろ姿が見えなくなると、膝の力が一気に抜けて私はその場にぺちゃんと座りこんでしまったのだった―――
≪秋斉編9へ続く・・・≫