三軒家西に長くお住まいの方や、小学校にお子さんを通わせている方には当たり前のことなのかもしれませんが、初めて関わるものにとっては、結構戸惑うお話です。
「三軒家西地域」は大正区内の10地域で最も北に位置しています。
三軒家という地名の由来は、大阪区コミュニティ協会大正区支部のサイトにある「
わがまち百科」によれば、
「かつて木津川尻の小島であったこの地を、木津村の中村勘助が開発しました。その当時に、三軒の民家が建てられたからだといわれています。」
とのことです。
大正区の地図(例えば
こちら)を見れば、「三軒家西」という町名の場所は分かります。
北は岩崎運河、西は尻無川という河川に面し、東は大正通、南は大浪通に囲まれています
しかし「三軒家西小学校区」にあたる「三軒家西地域」は、町名「三軒家西」とはイコールではないのです。
まず、三軒家西の一番西にあたる「3丁目」は「三軒家西地域」ではありません。北隣の「泉尾北地域」に含まれます。
一方、大正通の東側、「三軒家東1丁目」のうちJR環状線より北側は三軒家西地域に含まれます。
さらに、大浪通の南側「泉尾1丁目」の一部(北東のエリア)も三軒家西地域です。
このように「地域」と「町名」がズレています。
なので、自分の住んでいるところは「三軒家西」という住所でも「三軒家西地域」ではないかも知れませんし、逆に住所は三軒家西でないのに、三軒家西地域の住民という方もいらっしゃるのです。
地域をよく知らない人からすれば、ややこしい気もします。
けれども、このように区切られた地域の中で、さまざまな地域活動が続いてきていて、人のつながりができているのです。