20091007

JPN350

朴ミンソン

日本語ポートポリオ2回目

ホルモー六景:簡単な紹介と

「ホルモー六景」は万城目学の青春ファンタジー小説で、全6編の短編集になっている。作家の前作、「鴨川ホルモー」の続編であるが、時間的には同じタイムフレームになっている。

万城目学の作品は主に京都を舞台で、この作品も例外ではない。作品の中に登場するすべての人物はなんらかの形で京都と縁があり、卒業生の話で東京が舞台の「第五景:丸の内サミット」以外はすべて京都の街でストーリが展開されている。

この作品の作中設定の中、もっとも重要なのはタイトルにも入っている「ホルモー」と言う競技で、この奇妙な競技には京都産業大学玄武組、龍谷大学フィニックス、立命館大学白虎隊、京都大学青竜会の四つ大学サークルが参加している。競技は各10人で構成されたチームの戦いで、一人100匹ずつ、つまり1チーム1000匹の鬼を、オニ語という特別な言葉を使い、争う。そして相手の鬼を全滅させるか、代表者を参させることで勝負が決められる。「ホルモー」の歴史は約1000年と言われている。一見、読んでいて最初は“絶対ありえないし、何てことないじゃん!”と思ったが、読んでるうちにどんどん楽しくなり、本当にこういう競技があり、それを楽しめることができたらいいなと思った。

トニーは”お金を払う代わりに何らかのサービスを受ける”のでお客さんにはそのサービスを選ぶ権利が、そして店側にはその選択を断る自由があると考えている。さらに客が言ったクレームで店側が初めて気づく客の「ニーズ」もあるのでもっといいサービスをしたり、受けたりするためにも日本人はもっとクレームを言うべきだと語っている。そして私も彼の意見に大分同意するのである。確かに彼が言っているように日本のようなムラ社会では基本的に人々が自分のことよりみんなの幸せのために言いたいことや不満のあることがあってもあまりそれを表現しないかもしてない。しかし、クレームがあるときはちゃんと言った方が逆にみんなのためにもいいんだと私は思う。
私は見知らぬ人との「FREE HUGS」は日本人の根本的な心の空白をう埋めることはできないんだと思います。そして、この「FREE HUGS」と言ういわゆる平和運動も定着できず、このまま一過性のものとしてその内消滅するのではないかと思います。一見すごく流行っているように見えますが、この運動だけでは孤独や不安など、日本人が持っている心理的な空白をうめることは無理だと思います。そしてその現代日本人の心の空白は問題の根本を追求し、解決しない限り、こういう流行りやすい社会現状に頼りすぎることだけでは問題の根本からどんどん離れてしまうと思います。最後に、私なら日本で日本人とハグはしますが、まったく見知らぬ人とではなく、知人や友達など私となじんでいるひとだったらします、。個人的に見知らぬ人とのハグには何の意味もないと思うからです。