厳しいことでも
言ってくれるのが本当の友人だ、
と言われるけど。

その助言が真実 相手のためを思ってなのか、単に貶し倒したいからなのか…。


結局 人間は 自分が信じたい言葉を聴くし、
耳に心地よく響く言葉に説得されるものだ。

そう思うからこそ、何事も聞かねば、と思うほどに判別をつけられないのは困ったことだ。
あらぬ疑いをかけられんよう 注意せよ
…なんて 使われるけど。

かけられる方は「そういうコト」(多くの場合は悪事に類する)に繋がるとは
思ってもみない、考えつきもしない
善良な人間 なんだろう

疑われる可能性を
予想 予測 予知 予見etc できる人間は かえって
悪人になり得る人間 ということか。

予想しつつ 自己を律するなら
それはそれで 崇高だ。