2024年1月17日、29年後の今年は「ともに」です。
能登半島、これ以上の犠牲者が増えませんように。
今日は、9時間におよぶ直腸全摘手術をして一日24時間点滴をして40日間の絶飲食をして、54日間の入院生活が終わった日です。
左手に巻いていたリストバンドを、長い入院生活ですっかり仲良くなった看護師さんのリーダーが切ってくれた日でもあります。この写真は退院の証ですね。
その後はしばらく休養し、腫瘍内科で抗がん剤治療が8カ月続くのです。
「抗がん剤治療はとてもつらい治療になるので、さぬき市から神戸市に通うのは困難だと思いますから、近くの香川大学付属病院で受ませんか?多くの癌患者さんがいるけれど、こんな待遇が受けられるのは石原さんだけですよ」と、看護師さんに言われて腫瘍内科の先生との面談に望みました。
実は、香川大学付属病院の腫瘍内科には神戸市立中央市民病院から教授と医師の計4名が送られて、さぬき市にいながら神戸市と全く同じ内容の抗がん剤治療が受けられるのです。そして、香川大学付属病院からは定期的に勉強のために神戸市立中央市民病院へ医師が派遣され、外来診察を受け持っているのです。
それから、抗がん剤治療の内容説明を受けたのですが、するのとしないのでは10%ほどの再発率が違うエビデンスがあるとの事。ステージ2と3では、抗がん剤治療はお勧めしますとの事で絶対に必要とは言われませんでした。
さらに、抗がん剤治療は術後2カ月以内であれば様々なエビデンスがあるのですが、僕の場合は3カ月以上経過しているので例がなくエビデンスが存在しない状況なので、「2か月以上経過しているので効果は不明」とメモに明記されている通りに医師としてはなんとも言いにくい状況との事でした。
僕は、「ステージ3b」。ステージ3にはaとbがあるのですが、bはもうステージ4の手前。
「5年後の生存率は56%」と、はっきりと数字で示されました。「二人に一人は癌になる時代」とは言われますが、この時は自分の死を激しく意識した時でもあります。
でも、現在では人工肛門のお世話にもならないで、先日の5年目の癌検診では、「転移も再発もなく、癌は完治しました。もう癌検診の必要はありません。明日から自由に生きてください」と、主治医から告げられたのでした。
今年は、おかげさまで病気に癌に勝てました。
これも全て皆さんが僕を応援してくれて、多くの元気球を送り続けてくれた結果です。
皆さんからの元気球で燃えているこの二つ目の命。この命は、皆さんのために頑張って燃やし続けるのが僕の使命です。
僕は、本当にいろんな面で恵まれています。
ありがとうございます。
昨日は、アルコールを体内摂取して、危なく死ぬとこでした。
ミニサイズの伊勢うどんにしたから量が少なくてこの程度で済んだけれど、みんなと同じ様にうどんを大盛りサイズにしていたら、間違いなく救急車を呼んで大騒ぎになるとこでした。
三重県の鳥羽市で伊勢うどん付きのみそかつ定食を食べた後、五分もしないうちにアルコールアレルギーによる症状が現れて、車の中でしばらく意識がなくダウンしていました。
初めて食べた本格的な伊勢うどん。あんなに醤油にアルコール分が含まれているなんて知りませんでした。美味しかったのに、とても残念です。伊勢うどんと西京味噌は、ショック死への導入食ですね。
今日も頭が痛くて気分がとても悪いので、一日寝ています。前回のアルコール中毒の時は、二日間病院に行って五日間寝込んだしね。