聞いた話によると
小説や映画何でもフィクションであるものは反対構造を利用して作成されるらしい。
一つ事柄を決めたら"反対"の関係で話を色付けしていく。
「天の邪鬼」
これだ。
人間そんな素直な生き物じゃない。
好きなモノを好きと言えなかったり、その逆も然り。
自分と似ている性格や外見の人を好いたり嫌ったり。
僕は基本的に好意を示すものが表面だけで飾られてることが気に食わないらしい。
なぜ、学ぶのか。
小学生でも疑問に持つようなことに頭を悩ませて
漸く先日面白い記事に感銘を受けたから後日シェアしたい。
でも、ガリ勉は嫌いだ。
いや、正確には何の為に勉強しているのかすらか考えない人は嫌いだ。
最近その理由は何であれ良いと思って来た。
前までは、やりたいことをトコトン追求する為の学習しか成立しないとか言ってたけれど
偏差値勉強も悪くはない気がしてきた。
別に、某大手予備校に唆されたとかではなく。
中学の時、国語科の塾講師に突然哲学の話を勧められた時
「先生、どうして勉強しなきゃいけないんですか?」
と、質問したことがある。
先生は一瞬困った顔を見せたけれど
「僕が思いつくのは2つある。
一つは、人間が勉強を止めたらどうなると思う?
そして、人間の優劣を決められる唯一の手段は?」
なるほど。
人は失敗から学ぶとは良く言ったものだが
学習することを止めれば今日の生活は消え失せる。
それから、人間皆平等社会において
唯一、均等に与えられた機会を活用できるのが勉強である、と。
でも、正直これでは受験勉強を継続すさせることはできても
それから先を納得させられない。
僕はしばしば、物事をゲームに例える。
勉強だって同じだ。
RPGでキャラクターの装備を補強してストーリーを進めたくなる要領でやればいいと。
でも、疑問は止まない。
だから、こうして
「なぜ、○○をしなければいけないのか?」
この類いの質問は後を止まない。
でも、それで良い。
迷ってアドバイスを求めて勝手に自己完結してしまえばいい。
周りの環境から流されるのを良しとしない理由として
主たる理由は思考停止が良いと言えないからだろう。
だから、考え続ける。
悩み続ける。
入試を時間の無駄だと思っていた。
でも、何か決めて長期のペースで努力して結果が出るのか楽しみでもある。
それが尚更周りが達成出来ない目標なら。
"学歴はアクセサリー"
だ、そうです。
入試制度、教育制度を批判しつつ
そこで結果を出せたらめっちゃカッコいいじゃん。
唐突だけれど、最近環境に恵まれているなーと思う時が多い。
自分と異なる人の違う価値観をすこーしは大きくなった器で受け止められるような…
少し、ほんの少し大きくなった双眼鏡で世界を見れるようになったかな。
自分の進路を考える上で、AO入試と言うものがある。
実態("AO対策"とは)を探るべく色々アクティブに動いてみた。
所謂"意識高い系(笑)"の学生が多く
皆口をそろえて「政治を変えよう!」とか「戦争のない平和な世界!」
とか呟いている。
いいじゃん。
立派だよ。
と、かるーく思うと同時に
うすっぺらーいとも思う。
言葉はストレート過ぎて、時に思いを飾るオモチャになる。
大志は何か実体験に基づくケースが多いと思っている。
周りに流されて芽生えた思いは表面だけの自分を守る膜に過ぎない。
だから、若いうちから何か目標を決めて行動するのは良いと思う。
ただ絞ることによって視野を狭くして
自分が選択できるアプローチを知らず知らずのうちに掻き消してしまっている。
本当に必要なことは
周りの目を気にせず行動できる行動力と周りに賛同してもらえなくても揺るがない倫理観
あとは、ひたすら悩めば良い。
考えて考えて考えて"答え"を出せる忍耐力。
考えることは疲れる。
何もしないでテキトーに毎日を過ごす方がラク。
だから時々考えることをやめたくなる時もある。
でも、やめない。
AO入試に話を戻すと
自分の"天命"、つまり何をすべきかを早い段階で決めると言うこと。
確かにこの過渡期である今、それを決断するのは容易ではない。
でも僕には、逆に思える。
「何をしたいか分からない、将来が見えないのが不安で仕方ない」
そんな心の寂しさが、早く何をしたいか決めてしまいたいという思いに繋がっている気がする。
だから、本気で考えるのはやめよう。
AO入試は手段であって目的ではない。
そこがAO入試と一般入試の絶対的な違いだと思ってる。
一般入試は答えが出ている。
だから、目的にはならない。
どんな理由であっても手段に過ぎない。
でも、AO入試は何をしたいか突き詰めるにあたり
深い暗闇に頭を突っ込むながーい旅に出ることになる。
そして、それはいつの間にか目的となっていることが多い。
そこに時間をつぎ込むのは逆説的で
実は遠回りしている気がする。
これから多くのことを学んでレボリューションするにあたって
一般受験も悪くない、そんな気がしてきた僕でした。
以上、入試業界の色々な人の話を聞いて思ったことでした。
自分と異なる人の違う価値観をすこーしは大きくなった器で受け止められるような…
少し、ほんの少し大きくなった双眼鏡で世界を見れるようになったかな。
自分の進路を考える上で、AO入試と言うものがある。
実態("AO対策"とは)を探るべく色々アクティブに動いてみた。
所謂"意識高い系(笑)"の学生が多く
皆口をそろえて「政治を変えよう!」とか「戦争のない平和な世界!」
とか呟いている。
いいじゃん。
立派だよ。
と、かるーく思うと同時に
うすっぺらーいとも思う。
言葉はストレート過ぎて、時に思いを飾るオモチャになる。
大志は何か実体験に基づくケースが多いと思っている。
周りに流されて芽生えた思いは表面だけの自分を守る膜に過ぎない。
だから、若いうちから何か目標を決めて行動するのは良いと思う。
ただ絞ることによって視野を狭くして
自分が選択できるアプローチを知らず知らずのうちに掻き消してしまっている。
本当に必要なことは
周りの目を気にせず行動できる行動力と周りに賛同してもらえなくても揺るがない倫理観
あとは、ひたすら悩めば良い。
考えて考えて考えて"答え"を出せる忍耐力。
考えることは疲れる。
何もしないでテキトーに毎日を過ごす方がラク。
だから時々考えることをやめたくなる時もある。
でも、やめない。
AO入試に話を戻すと
自分の"天命"、つまり何をすべきかを早い段階で決めると言うこと。
確かにこの過渡期である今、それを決断するのは容易ではない。
でも僕には、逆に思える。
「何をしたいか分からない、将来が見えないのが不安で仕方ない」
そんな心の寂しさが、早く何をしたいか決めてしまいたいという思いに繋がっている気がする。
だから、本気で考えるのはやめよう。
AO入試は手段であって目的ではない。
そこがAO入試と一般入試の絶対的な違いだと思ってる。
一般入試は答えが出ている。
だから、目的にはならない。
どんな理由であっても手段に過ぎない。
でも、AO入試は何をしたいか突き詰めるにあたり
深い暗闇に頭を突っ込むながーい旅に出ることになる。
そして、それはいつの間にか目的となっていることが多い。
そこに時間をつぎ込むのは逆説的で
実は遠回りしている気がする。
これから多くのことを学んでレボリューションするにあたって
一般受験も悪くない、そんな気がしてきた僕でした。
以上、入試業界の色々な人の話を聞いて思ったことでした。
テスト期間目前にして、現実逃避の為にまたココに戻ってきました。
留学のタグで飛んで来て、一年間の交換留学の様子が知りたい人は
過去ログ見て頂ければと思います。
「ぼっちなの?」
真面目に心配してるのか、ふざけてるのか分かりませんが
そんな質問をされる事が多いです。
独りでいる事を毛嫌いして踠き苦しんだ僕が
一年間経って考えてみると、どうって事ないよと言わんばかりです。
僕は基本的に群れる事がキライです。
自立したい意志と依存したい意志がぶつかり合っているのです。
結局、群れない結果となりました。
自分の周りに人がいるって素晴らしい事だと思います。
文面には限りがありますし、全てを誰かに理解してもらいたい何て図々しい事も言いません。
ただ、寂しいって思っていても会えない時は会えないですし。
そう言う時は自分とじっくり話合うしか無いとか何とか…。
そうやって考えてみると、
友達とか環境とかそう言う物の境界線が見えなくなって来たりしない?
自分のベースが揺らげば、精神不安定になるし
自分が何をやりたいのかも分からなくなってくるって。
誰と仲良いのかも、誰が腹割って話せる相手なのか、とかね。
でも、時間は止まってくれなくて。
こうしてる間にも、周りの友人たちは…
いや、社会の矛盾と闘ってて。
留学って確かに、将来の事も考えさせられるし
頭ショートするくらい悩んだけど。
多分、それが周りとの温度差と言うか一種溝を深めて。
でも、結果進むスピードは案外遅かったりする。
何が良いたいかって、周りの環境が変わって自分が変わる。
で、環境がまた変わっても自分はそんな変わらない。
時間の密度で決まって来る。
いや、違う。
Amazing grace聴こう。
また、最近取り溜めた写真でもアップするよ。
留学のタグで飛んで来て、一年間の交換留学の様子が知りたい人は
過去ログ見て頂ければと思います。
「ぼっちなの?」
真面目に心配してるのか、ふざけてるのか分かりませんが
そんな質問をされる事が多いです。
独りでいる事を毛嫌いして踠き苦しんだ僕が
一年間経って考えてみると、どうって事ないよと言わんばかりです。
僕は基本的に群れる事がキライです。
自立したい意志と依存したい意志がぶつかり合っているのです。
結局、群れない結果となりました。
自分の周りに人がいるって素晴らしい事だと思います。
文面には限りがありますし、全てを誰かに理解してもらいたい何て図々しい事も言いません。
ただ、寂しいって思っていても会えない時は会えないですし。
そう言う時は自分とじっくり話合うしか無いとか何とか…。
そうやって考えてみると、
友達とか環境とかそう言う物の境界線が見えなくなって来たりしない?
自分のベースが揺らげば、精神不安定になるし
自分が何をやりたいのかも分からなくなってくるって。
誰と仲良いのかも、誰が腹割って話せる相手なのか、とかね。
でも、時間は止まってくれなくて。
こうしてる間にも、周りの友人たちは…
いや、社会の矛盾と闘ってて。
留学って確かに、将来の事も考えさせられるし
頭ショートするくらい悩んだけど。
多分、それが周りとの温度差と言うか一種溝を深めて。
でも、結果進むスピードは案外遅かったりする。
何が良いたいかって、周りの環境が変わって自分が変わる。
で、環境がまた変わっても自分はそんな変わらない。
時間の密度で決まって来る。
いや、違う。
Amazing grace聴こう。
また、最近取り溜めた写真でもアップするよ。
