いかんともしがたい
そんな悪党が確かにいることを
実感するようになった
悪党はなぜいるのか
言った人がいた
結局必要なのだろう
悪党も
生まれ変わり
死に変わり
そんな中
かつて私も悪党だったろう
いかんともしがたい
そんな悪党が確かにいることを
実感するようになった
悪党はなぜいるのか
言った人がいた
結局必要なのだろう
悪党も
生まれ変わり
死に変わり
そんな中
かつて私も悪党だったろう
噛み合わない
世の中と
まったく
笑ってしまうほどに
これで社会生活を送ることができるのか
まぁ
むしろ喜ぶべきことのような気もしないではない
何不自由なく
暮らせてはいないことは
だって
ほとんど失うものがないからね
本当は
私たちは みな
何を持っているわけでもないのだけれど
考える
という言葉を使っている人の
考えるという意味が
ふと気になった
何かの判断を下すにあたり
考えるという
ところで
気になったのは
そもそも私は考えるということを
しているのだろうか
ということだった
というのも
どうも私がやってるのは
直感に耳を澄ますこと
連想すること
未知であるはずのそれを
思い出そうとすること
そんなことのようだ
あまり私が何かをやっている
という感じではない
それを考えるというのだ
というのであれば
そうですか
ということだけれど
ひょっとしたら
全然違うことをやっているのでは
なんとなくそんな気もする