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『ハリー・ポッター』 (Harry Potter)は、今日も世界中で老若男女問わず愛されている物語である。イギリスの作家J.K.ローリング(Joanne Rowling)による児童文学であり、ファンタジー小説であるこの作品、『ハリー・ポッター』が世界で大ヒットした原因や背景を検証するとともに、社会に及ぼした影響、そして僕自身が同シリーズを敬愛する理由を記述していきたい。

 

1997年から2007年にかけて刊行された「ハリー・ポッター」シリーズを書き始めた当初は生活に非常に苦しかったJ.K.ローリング(本名はジョアン・ローリングであり、ペンネームは本のターゲットとなる男の子が女性作家の作品だと知りたくないだろうと心配した出版社が、イニシャルを用いるように求めた。ミドルネームを持たなかったため、祖母のKatheleenにちなみ、ペンネームをJ.K.Rowlingとした。)であるが、2007年の経済誌フォーボス誌の発表によると、総資産が1210億円となり、世界第2位にランクインした。


「ハリー・ポッターと炎のゴブレット(Harry Potter and the Goblet of Fire)」を出版した2000年に、児童文学のオフィサー(将校、OBE)を受章した。同シリーズの英語版は全7巻で4億5000万部以上発行されており、67カ国語に翻訳された。また、日常で使われることのない言語にも訳されており、ラテン語や古代ギリシア語版も存在する。

 

2001年の「ハリー・ポッターと賢者の石」(Harry Potter and the Philosopher's Stone(英題))から始まり、2011年の「ハリー・ポッターと死の秘宝PART2 (Harry Potter and the Deathly Hallows PART2)」 まで10年間に亘って続いた。日本では1作目で200億円以上の興行収入を獲得し、最終作の「ハリー・ポッターと死の秘宝PART2」の世界興行収入は、現時点で第8位に君臨している。2007年には最も収入の高い児童文学作家として、原作者のJ.K.ローリングがギネス記録に登録され、2011年には、この10年間で最も映画興行収入を稼いだ俳優としてハリー役のダニエル・ラドクリフ、女優ではハーマイオニー役のエマ・ワトソンがそれぞれギネス記録に載っている。さらに、同シリーズのゲームが製作されること17作、そして2010年にはテーマパーク「ハリー・ポッターと魔法の世界」がアメリカ・フロリダ州にオープンし、ついには日本でもUSJでアトラクション「The Wizarding World of Harry Potter」がオープンすると、たちまち大人気を博した。


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しかし、ハリーポッターをただのフィクションだと切り捨てる人もいれば、その話の中で起きる出来事を深く読み解き、考える人もいる。この物語の人気の秘密は、ストーリー自体のおもしろさだけでなく、奥深い背景やそれぞれのキャラクターの人生が細かく設定されていることにもあるかもしれない。そのため、頭の中で鮮明に物語をイメージすることで、想像力の向上が期待できる。そして、物語の本筋を考え、登場人物の背景や情報を深く読み解くことができることため、世界中の教育の場面で多様される。実際に、ハリー・ポッターのみならず、小説や映画が子どもたちに与える影響は大きい。子どもの時、どんな創作物を好んで見たり読んだりするかは、学校教育や家庭環境、そして遺伝子的要因に匹敵するほどの影響力があるかもしれない。そしてどんな創作物が好きかで、その子の特性や性格がある程度把握できる可能性もある。僕の場合は、幼い頃から自国日本と大きくかけ離れたヨーロッパの世界や魔法の世界に魅了され、ハリー・ポッターは僕の興味と好奇心であふれていた。

 

僕が初めてハリー・ポッター作品を見たのは4歳頃。父親が会社の同僚からススメられ、DVDを借りて見せてくれたのが最初になる。初めて体感した未知の世界にのめり込み、「賢者の石」以降の全作品は映画館に見に行き、毎回映画のパンフレットを購入していた。その頃の興味や好奇心は、今もなお続いており、年を重ね知識を着けていくごとに、物語に対しての視点や考え方が変化し、自分の中でのストーリーがますます膨らんでいった。


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 前述で述べたように、僕は古き良きヨーロッパの世界に憧れ、作中の主言語である英語に対しての関心も大きくなっていた。撮影に使われたロケ地はもちろん、例えば、ホグワーツ城などの建築物、そして内部にある絵画や家具・小物などは中世のものがほとんどだ。そもそもハリー達ヨーロッパの魔法使いがホウキに乗って飛ぶのは、主として中世キリスト教における「魔女のイメージ」から来るものである。実際に、ホグワーツ魔法魔術学校が創設されたのが、紀元後993年。魔法使いは、社会と魔法界を行き来し、千年の歴史を有する学校ではその当時から変わらない生活ぶりである。そして魔法界にはギリシア神話に登場する生物、ユニコーンやケンタウロス、そしてドラゴンなどあらゆる伝承の幻獣が登場する。


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 神話や宗教的な事象や事物が登場することから、一部のキリスト教徒から反発を受けていたことは確かだが、あくまで一部の保守派の人たちである。例えば、ヨハネ15章にある教えはハリー・ポッターシリーズを通して描かれているが、それ以上にはっきりと聖書の教えが描かれた場面が7巻16章にある。ダンブルドア家の墓石に刻まれた言葉「なんじの宝のあるところには、なんじの心もあるべし」(マタイ:6章)そしてポッター家の墓にあった「最後の敵なる死もまた滅ぼされん」(コリント人への第一の手紙)は、完全に聖書の引用文である。これまで徹底的にキリスト教関係の描写をしてこなかったハリー・ポッターにおいて初めて聖書が引用されたことについて話題になったが、これについてJ.K.ローリングは「私にとってハリー・ポッターと聖書の物語の類似性は最初からはっきりしていたけれど、キリスト教を引用すると物語の結末を教えてしまうことになるからこれまで避けてきた。」と述べた。物語の結末、つまり主人公ハリーが仲間のため自己犠牲にしようとし、その後再びこの世へ戻ってきて救世主になるという結末は、新約聖書の物語と一致していると作者が認めているのだ。そして、前述した二つの教え「何を宝とするかでその人の心と人生が決まる」、「死への恐怖を克服する」は、シリーズ全体のテーマを要約するものとされている。


日本人は基本的に宗教に関する知識が少ないため、気づきにくい事柄だが、世界的に様々な宗派や思想がある中では我々にはないまだ完全に定着していない常識や慣習があり、考え方も感じ方も人それぞれといったらそれまでだ。

 

他にも作中には、社会的・政治的問題を反映させていると思わせる描写がある。

学術誌「応用心理学( Journal of Applied Social Psychology)」に興味深い論文が発表されていた。小説、映画でおなじみのハリーポッターシリーズを読んでいる若者は、そうでない人に比べて、偏見を受けやすい人々(移民・同性愛者・難民等)に対して寛容であることがわかったそうだ。特にハリーポッターシリーズの登場人物に感情移入する子供たちにその傾向が強かったという。


イタリアのモデナ・レッジョ・エミリア大学、パドヴァ大学、ヴェローナ大学と英国グリニッジ大学の共同研究チームは、イタリアの小学生から高校生を対象に移民や人種差別、性差別などに関するアンケート調査を行った。その結果、ハリーポッターの小説や映画を良く読んだり見ている子どもほど、差別的感覚を持たなかったという。

例えばまずは作中で度々使用される言葉、「マッドブラッド(汚れた血)」について考えてみよう。マッドブラッドは作中で「マグル(普通の人間)と魔法使いの間に生まれた子供」の事を指す言葉である。この言葉と同じような意味を持つ言葉は私たちの世界にも存在するだろう。例えば人種差別や少数派の人間を批判する際に使われる言葉がその類である。

 

作中において「マッドブラッド」という単語が使われる度に、主人公であるハリーはその言葉を吐いた人間に対して軽蔑の眼差しを向けている。この作品を正しく使えば、子供たちに人種差別や人を侮辱する言葉を使う事はただ「悪いことなのだ」と教える事が出来るだろう。


また、ハリーポッターはナチズムとの関連性が強いのは明白である。例えば、ナチズムでも「マッドブラッド」に近い言葉が使われることがある。これはナチスが半ユダヤ系・半アーリア系のドイツ人に対してドイツ語で「Mischling(混ぜもの)」と迫害していた時期の事を指す。

 

ナチスはユダヤ系か否かを血筋のみで判断していたのだ。ナチズムにおいて、ユダヤ人の定義は自分の祖父・祖母の内3~4人がユダヤ人であれば自身もユダヤ人として扱われるのだ。また仮に祖父・祖母の内1~2人がユダヤ人であっても「半ユダヤ人・Mischling」として迫害された。その結果が殺戮を生み出したのである。


物語の中で登場する魔法省(魔法政府機関)が過激派にハイジャックされた時、魔法省は「マグル生まれ登録委員会(マグル生まれを投獄する為の委員会)」を設け、マグル生まれを迫害し、純血主義を掲げた。純血主義は家系にマグル生まれが一人もおらず、魔法使いのみの家系から生まれた人々の事を言う。

 

これらの純血主義が絶対的だという主義を持つ過激派は物語に何人か登場するが、考えてみればナチズムも全く同じことをしていたのである。ホグワーツ魔法魔術学校校長のアルバス・ダンブルドアは物語の中で重要な言葉を述べている。

 

「君は昔から純血という物に重きを置きすぎておる!忘れておるのだ、人がどのように生まれたかが重要なのではなく、どのように育っていくのかが重要なのだと!」

 

ここにもう一人、有名な人物の言葉を引用しよう。これはキング牧師の「私には夢がある」のスピーチ内で語られた言葉である。

 

「私には夢がある。それは何時の日か、私の四人の子供達が、肌の色によってではなく、人格そのものによって評価される国に住むという夢だ。」

 

そして、日本人のような英語を母国語としない人たちにとって、このハリー・ポッターはよい教材になり得る。実際、僕に英語を学習する意欲を駆り立てるきっかけとなったのが映画「ハリー・ポッター」である。なにより、原作者のローリングはイングランド南西部の出身。もちろん、本で使用されている言語は「英語」である。そして映画化された際も、舞台となったスコットランドやイギリス出身の俳優を主としてキャストが組まれたため、本物のイギリス英語を聞くことができる。日本人をはじめとした、英語を第二言語として勉強する人でハリー・ポッターの本や映画を利用して英語学習を試みたことがある人も多いかもしれない。しかし、実際には物語の中での、通貨、政治制度、教育科目、呪文、職業などの設定に割り当てられた造語は膨大である。例えば、'spellotape'(道具を治す魔法のテープ)などは一見ただけでは、その意味を推測するのは難しい。ネイティブであれば、それが一般的な言葉であるのか造語なのかは判断がつくかもしれないが、辞書を頼りに読み進めていく英語学習のビギナーズにとっては、かなりレベルが高いかもしない。そして、登場人物たちの会話でいわゆるスラングや出身地を推測させるようなダイアレクトが多様されている。言葉によっては、必ずしもその意味が辞書に載っているわけではないため、読み進めていくには相当な時間を要する。加えて、日本語版と照らし合わせて読もうと思っても、翻訳者によって表現が異なったり、かなり大胆な意訳もあるため、単語の意味の取違いや誤解が起こってしまう。そのため、英語をある程度(新聞や他の洋書を難なく読めるくらい)習得したら、ハリー・ポッターの原書を読むといいかもしれない。自分も最近やっと英語版で読めるようになったが、まだまだ勉強が必要だと常々感じている。

 

実際のところ、原書よりも映画の方が要約されていて分かりやすい。場面ごとに登場人物や状況が変わり、その変化にそって物語を目と耳で追っていけるので、詳細は欠けるが本よりは断然扱いやすいと思う。僕の場合は、お気に入りのキャラクターの話し方をマネして、イギリス英語の発音やイントネーションを習得した。そして、英語字幕をつけて見ることで、正確にセリフを理解し、単語のスペリングなども確認しながら映画を見るととても効率よく学習ができる。好きなセリフや表現をメモしておき、後でまとめるのも僕が活用している方法の一つだ。

 

もちろん、小学生の時からここまで英語学習に対する意欲が高かったわけでわない。あくまで、ハリー・ポッターを学習教材にしようと思い始めたのが中学生の時。しかし、小学校6年生の頃には映画や本に出てくる80個程の呪文と意味・効用を覚えていた。今思えば、のちにこれが英単語とその意味・使い方を暗記する上で役立ったのかもしれない。というのも物語の中で使われる呪文(ローリングが造った)は、英語やラテン語などのインド=ヨーロッパ語系の言語にとても似ている点がある。例えば、「許されざる呪文の一つ」である'Crucio'(クルーシオ)は「磔の呪文」である。もともと英語の「磔にする」という意味を持つ'crucify'から来ている。そして'Petrificus Totalus'は、'petrify'(石にする)+'total'(全体)を組み合わせて、「石化せよ」という意味を持つ呪文として有名である。また、呪文などに使われるルーン語に興味を持った人や、オマージュ元の原作に興味を持った人もいるという。

 

年を重ね、様々なことを経験し、世界の歴史や政治・経済、外国語などの知識が増えていくと、今まで気づかなかった事柄やあるものとあるものが合致・一致する感覚がいくつもある。そして、自分なりの見解を見い出し、「これはこういう意味ではないか。」や「この登場人物が言っているのはこういうことではないのか。」というように感情だけで物語を読み進めていくのではなく、ストーリーの裏に隠されたより深いメッセージを読み取れるようになってくるのだ。

最近は、ホグワーツの校長であったダンブルドア先生と万能の天才であったレオナルド・ダ・ヴィンチとの類似点があることに気づいた。それが果たして関係あるのか否か、単なる自分の勝手な思い込みなのかの答えは作者であるJ.K.ローリングしかわからないのだが、作者は物語を作り上げていく上で、自分を取り巻く広い世界からアイデアをもらうことがあっても全くおかしくはないはなしである。むしろ、物語を執筆する者にとっては根本的なアイデアが今まで自分が学んだことや経験してきたことを参考に、人々が共感できることを紙面で分かち合っているのだと思う。僕も「ハリー・ポッター」という偶然巡り合った作品のインスピレーションとアイデアを今後の人生のどこかで是非活用させてもらおうと思う。

 

《参考文献》

10年目にして遂にフィナーレ。「ハリー・ポッター」シリーズが残したもの」 ー https://news.ameba.jp/entry/20110711-154

ハリー・ポッターシリーズ - https://ja.wikipedia.org/wiki/

学術誌:「応用心理学( Journal of Applied Social Psychology)」から

ハリーポッターを読んでいる若者は既成概念にとらわれず、差別・偏見を持たない傾向(イタリア・英共同研究) - http://karapaia.com/archives/52169845.html