二十代の頃から縄文土器、土偶に魅せられもう40年近くなった今年の春頃、衝撃を受けることに。それはそれまでの私の人生を揺るがすものだったの。コロナ禍在宅ワークの環境で、それまでほとんど触れることのなかったYouTubeを見ることが多くなった。情報の宝庫だか私なりの視点、選択、判断を意識して。その中の情報にある大学教授の『土偶はまだ人数の少なかった村人たちの間にできた子供、近親相姦(医学の発達はなくその頃はわからなかった)で、生まれた子供を弔うために造作』という説があった。その他、山高帽をかぶりあごひげの埴輪は外国人など、出土品、芸術品の観点からも研究をされている先生の説に私は納得することが多々あった。火炎式土器、土偶はとてもユニークで何かの時にはいつもながめることで元気、勇気をもらっていた。その土偶が、それゆえの弔いのために、、私のそれまでの接し方の不謹慎さに苛まれた。桜が散り、蝉が暑いと鳴き、黄色い銀杏が茂っても、いつも私の身体のどこかに悶々と存在して、どう決着⁉︎をつければ、一生このままなのか?そんな思いの日々を過ごしていた。12月に61歳の誕生日を迎え、在宅療養を経験することにもなった。その後、仕事で原付で走っている時、風の中から『弔い=普遍的』と聲が聞こえた。そうだ!いにしえの人も、いつの時代の人も、人間の普遍的なひとつの部分!「やっと、置き場所が見つかった」長かったが今年のことが今年で解決できた。私の書き始めていることも《普遍的》な気がする。
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