yuimaaaaaaaru日記~From okinawa~

yuimaaaaaaaru日記~From okinawa~

思ったことを思いのままに。

Amebaでブログを始めよう!

夏が来ると「冬がいい」と言う
冬が来ると「夏がいい」と言う
太ると「痩せたい」と言い
痩せると「太りたい」と言う
忙しいと「暇になりたい」と言い
暇になると「忙しい方がいい」と言う
自分に都合のいい人は「善い人だ」と言い
自分に都合が悪くなると「悪い人だ」と言う
 
借りた傘も 雨が上がれば邪魔になる
金を持てば 古びた女房が邪魔になる
所帯を持てば 親さえも邪魔になる
 
衣食住は昔に比べりゃ天国だが
上を見て不平不満の明け暮れ
隣を見て愚痴ばかり
 
どうして自分を見つめないのか
静かに考えてみるがよい
一体自分とは何なのか
 
親のおかげ
先生のおかげ
世間様のおかげの固まりが自分ではないか
つまらぬ自我妄執を捨てて
得手勝手を慎んだら
世の中はきっと明るくなるだろう
 
「俺が」、「俺が」を捨てて
「おかげさまで」、「おかげさまで」と暮らしたい




考えさせられるな。いい詩。


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ここに書かなくなって1年とちょっと。

色んなことがあったけど、穏やかに生きてた。

何にも望まないで流れのままに生きていたから、ココロがぐしゃぐしゃになることもなかった。

仕事も変わって、居場所ができて、友達も増えて楽しいこともいっぱいあった。

でも、今また不安定。

そのくせ、あーしたい、こーしたい、こーなりたい、あーなりたい、がいっぱいで苦しい。

誰かの目を気にして何にも書けないのも苦しい。

毎日毎日、これでもかってくらい泣けるのは何だろうな。

ちょっとしたことに敏感になって、ふと孤独感に襲われるのは何だろうな。

あたしはきっと幸せにはなれない。

きっと、普通には戻れない。

全部、わかってるよ。

ただ、たくさんのことを諦めてきたのに、まだまだ諦めなきゃいけないことがたくさんあるのは切ない。

慣れないなぁ。

諦めたくないもんなぁ。

最近ふと、思い出す。

あの時、あの選択をしていなかったら…

そんなこと思いたくないけど、思っちゃう。

私の気持ちは誰にもわかってもらえない。

だから、私も誰のことも理解できない。

心で何を思っているかなんてわかんない。

もう、話もしたくない。

感情なんていらない。


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どこにも何にも書けなくなった。


また、ここに書くことを始めよう。



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お久しぶりです。

相変わらず、せっせとコーヒーを作る毎日を送っています。

最近やっとお外に出るようになり、友達ともよくはしゃいでいます。

外に出れば出会いがあり、色んなことを知る機会があり、刺激になり、目を逸らしていた自分自身にも出会ったりしています。

楽しいことばかりじゃないけど。

心がギュッーとなることもあるけど。

それでも、生きていることを実感できる毎日は「人間らしい」を感じることもできます。

自分の中で起こる出来事以外のことに悲しくなったり、嬉しくなったり、怒ったり、笑ったり。

大事ですね。

そして、元気になればなるほど、これからのことを考える時間も増えました。

あたしは昔から「働く」ということへの憧れが人一倍強くあります。

それは、同年代の仲間が就活したり、一般的な社会人として一歩を歩き始めた頃に、全く違う場所で違う闘いをしていたからなのかもしれません。

自分と向き合って、病気と向き合って、家族と向き合って、一般社会からは程遠い場所にいました。

それから9年。

数年前から働いてお金を頂くということはしていますが、自立できるほどの仕事はしたことがありません。

誰にでもできるわけじゃない監督という仕事をさせてもらったり、大好きだったスタバで働くという夢も実現してきました。

でも、今もあくまでバイトという立場でしかなく、不安定な生活であることは否定できません。

主治医の先生にはずっと

「自由に身動きできるほうが合っているし、働く形にこだわらなくてもいいんじゃない?あなたはあなたらしく。甘えられるなら甘えて。」

そう言われ続けてきました。

確かに、それはあたしに合っているのかもしれないし、楽は楽だとも思います。

でも、何か違うな。と思う自分もいます。

色んなことが諦めきれないのだと思います。

それはきっと、あたしの状態が良くなっているからだということも理解しています。

父や母も、今のままで十分だと言ってくれます。

だからなのかな。

このままじゃ、ダメだなと。

あたしにとって、この先に目指す「働く」形って何だろう??

そう思う毎日です。

先日、最近仲良くなった友達とたくさんたくさん話をする時間が持てました。

「まりちゃんのこんなとこが素敵だよ!」

と、面と向かって伝えてくれるとこが好きで、仕事にも真摯に向き合うとこが尊敬できる女の子です。

今まで病気のことや恋愛のことは包み隠さず話してきましたが、仕事のことやこれからのことは話せずにいました。

でも、思い切って話してみると受け入れてもらえて、否定されることもなくて、次のステップに進んでるんだねっと言ってもらえました。

めちゃくちゃ嬉しかった。

きっと、何年もしっかり働いてきた凛とした同級生に言われたことが更に嬉しかった理由かもしれません。

病気をしたことや、親に甘えながら生きていることをオープンにしているあたしにとって、働き方やこれからのことに欲を出すことがずっと悪いことのような気がしていました。

病気のことはわかって欲しい、でも、あたしはこう生きたい、あれもしたい、これもしたい、でも、これは苦手、あれも苦手…

あたしの中には矛盾する出来事や気持ちが溢れかえっています。

ただのワガママだともわかっています。

あたしに出来ること、出来ないことの範囲も人に迷惑がかかるかもしれないことも、よくわかっています。

でも、やっぱり進みたい。

自分の意見や思っていることを相手にぶつけられないのは、自分に自信がないからなのかもしれません。

考えていること、思っていることはたくさんたくさんあります。

感じていること、伝えられない思いはその何倍もあります。

まりこはいい奴だ。

まりちゃんは優しいね。

まりこさんは強いです。

そんな言葉をどんなにもらっても、やっぱり人として生きる手段の「働く」ということが確立されていない自分に自信を持つことは難しいのです。

出会う人に自分の「今」より「過去」のことばかり話してしまうのは悲しかったりするのです。

生きてきた道に嘘はないし、テニスでの経験は誇りでもあります。

そこは間違いありません。

ただ、あたしが生きているのは「今」なのです。

これはあたしのあたしに対する価値観。

甘えられる状況にいることに常に感謝することや、そこに甘えているだけでは前に進めないことを自分が一番理解していなくてはいけません。

最近、職場を卒業する仲間が増えました。

お別れは悲しいけど、目標や次のステップが見つかっているみんなはキラキラしています。

あたしも見つけたい。

それが、どんなステップだとしてもベストだと思えたなら歩いてみたい。

ふと、そう思えるようになりました。

あたしはまだまだ不安定であることに変わりはありません。

もしかしたら、また明日生きることが嫌になるかもしれません。

でも、この瞬間は前に進みたいと思ったので書き残しておきます。

そんな小さな決意を積み重ねていけば、また人とも向き合えるかもしれないから。

もっと周りに優しくなれるかもしれないから。

病気になったことを良かったって心の底から笑って言える日が来るかもしれないから。

あたしはあたしらしく、かたつむりくらいのペースでいい。

辞めなければ負けることはきっとないはずです。

ね。

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やっと来れました。

今、福岡にいます。

3年振りの一人旅は心臓が口から飛び出しそうでしたが、飛行機ではCAさんに支えられ、隣の席の方に助けられ、無事に過ごせました。

過呼吸が出ることもパニックになることもありませんでした。

派手にコーヒーはこぼしましたが(笑)

今回は友人の結婚式での一人旅。

来ることを決断するまでにはたくさんの迷いと不安がありました。

飛行機に乗れるのか?

結婚式に参加できるのか?

体調は大丈夫なんだろうか?

中途半端な自分で行っていいのか?

ギリギリまで迷い続けて、友人にはたくさん迷惑をかけましたが、相変わらずみんな優しくて優しすぎて本当に助けられています。

テニスを離れてから、飛行機が怖くなって、青春時代を過ごした福岡が遠くなって、昔の仲間に会うことも躊躇してしまって。

あたしも苦しかったのですが、それと同じくらい仲間にも寂しいと思わせてしまうような、そんな行動をたくさんしてしまいました。

それはいつも変わりません。

昔のように、うまく色んなことができません。

大切なことに変わりはなくて、あたしの行動が相手に嫌な思いをさせてしまうことも頭では理解しているはずなのに。

残念なあたしだと反省しています。

そんな中でも変わらずに

「飛行機乗れておめでとう。」

そんなLINEが飛んできたり、言葉をもらったり、あたしの迷いや苦しみを理解しようとしてくれる友達がいてくれることに救われています。

そんなみんなに囲まれていると寒い福岡も温かく感じます。

ただ…ココロが近過ぎると、わかってもらいすぎて、甘えてしまったり、傷つけてしまったりすることも多いような気がします。

あー申し訳ない…そんな風に思いながらもいつもは我慢するとこを我慢せず、とても自由にさせてもらっています。

ここではそれでいいかなぁと。

たまにはこんな感じもいいかなぁと。

本当に素でいられる友達にはそうあってみようと。

昔の仲間はやっぱりいい。

そう思わずにはいられません。

今回のワガママさがあたしの一歩となって、沖縄でもみんなとそんな風に無理なく向き合えたら、もっと楽に生きられるのかもしれません。

どんなに創り上げた自分でも、中身まで変わることなんてありません。

誰にでもいい顔して、大人ぶってしまう自分のことは好きじゃありません。

本当のあたしは全然いい人なんかじゃない。

昨日、こっちに来てから沖縄の友達のことをたくさん思い浮かべていました。

初めての感覚。

近くに居ると日常に流されて、いつでも会えるという思いから会わない時間も増えてしまっていることに気付きました。

あたしの悪い癖。

帰ったらたくさんの友達に会おうと思います。

一言、元気?とメールしてみようと思います。

元気がなくてもジムに行こうと思います。

そして、あたしを誰よりも強くしてくれたテニスをまた、やってみようと思います。

「一歩」がたくさん積み重なって、ゆっくりゆっくり歩き始めたら、ダメだと思っていることも頑張れるような気がします。

あたしは生かされている。

次は東京に行けるといいな。

筑波に行けるといいな。

大学のテニスコートに立てるといいな。

この気持ちを忘れたくないな。

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3月にお酒を解禁したばかりでしたが、また飲まなくなりました。

それは先月。

2ヶ月ちょっと、我慢したお酒を大好きなみんなと飲み始められる機会がありました。

いつもより、ちょっと早めの復帰だなーとは思いましたが、どうしても参加したくて少しドキドキしながらも行くことにしました。

そんな楽しい時間は始まると温かくて穏やかで、お酒も美味しくて、みんなが笑っている空間に帰ってこれたことが何よりも幸せでした。

そんな中で、突然ちょっとしたケンカが始まって、まさかのあたしが好きな2人で、心臓が止まりそうになって、心がぎゅっーと潰れそうになってしまって、とにかくたまらなくて。

それが、しばらくするとドッキリだとわかって、安堵感と共に色んな感情が一気に溢れかえってしまって、涙が止まらなくなって、息ができなくなって、思わず部屋を飛び出して。

1人で散々泣いても止まらなくて、いつもみたいに死ぬほど苦しくなって、追いかけてきてくれた友達にそんな姿を見られてしまって、恥ずかしさと申し訳なさとでいっぱいになって。

それでも、みんな隣に居てくれて、背中をさすってくれるその手がものすごく温かくて、呼吸がすぐに元に戻って、泣きながらみんなでまた笑って、何事もなかったかのように宴を続けることができて。

それが本当にありがたくて。

ありがたくてありがたくて仕方なくて。

今まで、過呼吸になると1人がいいって思ってたけど、そんなことないんだなって5年目にして気付いたりして。

そして、誰も痛い思いをしていなかったんだと改めて思うとそれだけで本当に嬉しくて。

ちゃんとみんな楽しいんだなって。

でも。

きっとたくさん気を遣わせちゃったなーと思って心苦しくて。

みんなはそんなことないよ!って言ってくれるけど、そんなことないわけがないのは大人であればわかることで。

大人なら、最初から何事もなかったように笑い飛ばして対応するべきで。

本当に小さなことに不安定な自分が情けなかったけど、これがあたしなんだとわかってもいて。

時期が早過ぎたなって。

お酒が入れば色んなことが起こるってちゃんとわかってたはずなのにって。

不安定さを自覚しているあたしがちゃんと判断しなきゃ、周りはわかんないんだって。

自分のことばっかり考えてるからこうなっちゃうんだって。

反省。

でも、あたしが謝れば謝るほど、困るのもみんなだから、ごめんなさいは1回にして。

他の形でありがとうを伝えよって思って。

ちゃんと、みんなが好きなこともお酒が好きなことも変わりはありません。

ウダウダ言ってるけどら本当に本当に楽しかった。

ただ、自分の弱いとこと、人の優しさに改めて気付かされた夜でした。

そして、昨日。

入院しているだいちゃんのお見舞いに仲良しのみんなで行ってきました。

だいちゃんはどうしようもないあたしにたくさんの友達を連れてきてくれた大切で素敵なお友達。

あたしは20代前半、ほとんど入退院を繰り返す生活をしていました。

これまで友人の出産など、何度かお見舞い行く機会がありましたが、全部避けてきました。

ごめんなさい。

病棟独特の空気感が、アルコールの匂いがあの頃を思い出してしまうような気がして勇気が出ませんでした。

一生思い出したくない気持ちが溢れ返ってしまったら、あの頃に戻ってしまったら…という不安は何年経っても消えてくれませんでした。

でも、今回は迷うことなくお見舞いに行こう、行きたい、と思えました。

みんなが一緒だからきっと大丈夫。

1人で痛みと戦ってるから頑張れって伝えたい。

そんな風に思えました。

アルコールの匂いはやっぱり苦手で、お土産を持つ手が震えちゃって、ドキドキもしましたが、何も知らない友達が隣をゆっくり歩いてくれてその歩幅が心地良くて、微笑んでくれる目が温かくて、だいちゃんが喜んでくれて、早く元気になって欲しいなって思わずにはいられなくて。

うん。行って良かった。

ちゃんと行けて良かった。

あの頃に戻ることなんて絶対にない。

「時間が解決してくれる」の意味が少しわかったような不思議な気持ち。

「人を想う気持ち」は色んなことを乗り越えされてくれる。

たくさんのことに気付いたお見舞い時間でした。

ちょっとだけ、前に進めた夜はみんなとお酒を飲めたら最高でしたが、そんな日は涙もろくて仕方ないのでノンアルコールビールで我慢。

学習することも大事です。

みんなでたくさん笑って、だいちゃんの回復を祈って、初めて出会った頃の思い出話で盛り上がって。

さりげなくあたしまで復活おめでとーて乾杯してもらったりして。

お酒がなくてもちゃんと楽しめて、でも、絶対に次はみんなと一緒にワイン空けてやるんだって決意もできて。

その為にあたしはあたしのことを精一杯頑張らなきゃいけないな!って、みんなとまた笑う為に頑張りたい!って思いながらたくさん写真を撮りました。


人生には色んなことが起きます。

辛いこと、苦しいこと、痛いこと、嬉しいこと、楽しいこと、温かいこと、etc…

全ての出来事には意味があって、人として強くなっていく為に起こっていると思っています。

そうじゃない不幸な出来事も世の中にはたくさんありますが、あたしに起こる全ての事はそうであると信じています。

そうだとしたら、きっとまた頑張れるから。

たくさん笑ってたくさん泣いて過去を全て自分の力に変えることができたら、あたしでも少しだけ魅力的な人になれるかもしれないから。

諦めないって決めたなら絶対に諦めない。

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最近、依頼された原稿を書き上げる為に嫌いなパソコンの前に座ったりしています。

でも、どうしても上手く書けません。

「書きたいこと」や「伝えたい想い」はあるのですが、ちゃんとまとまりません。

大学生時代。

人とたくさん向き合って自分ともたくさん向き合った学びの多かった時間。

素敵なこともたくさんあったはずなのに、苦しかった後半の部分ばかり思い出してしまうのです。

主将になってすぐの頃「右膝前十字靭帯断裂」をして、リハビリばっかりして、テニスは大学生までと決断して。

リーグ戦を主将として闘って仲間がいたのに勝手に孤独感を感じて結果、負けて自業自得だと自分を責めて。

ライフワークから突然テニスが消えて。

毎日寝る前にたくさんのことを考えて苦しくて声を殺して泣いてばかりいてほとんど睡眠が取れなくて。

それからしばらくして生きる気力を失くしたまんま沖縄に帰ってきて、ご飯をほとんど口にしなかった3ヶ月弱。

激ヤセして目つきも変わって自分の中に優しさの欠片も見つけられなくて嫌で嫌で仕方なかった。

卒業旅行にも参加できなくて淋しかった。

優しいみんなに会うのが恐かった。

ようやく行けた追いコンでも、前日に起立性低血圧症の影響で気を失ってテーブルに頬をぶつけて血まみれになって…

しっかり者のお兄ちゃんの動揺するとこを初めて見て苦しくなって。

ごめんなさいしか出てこなかった。

次の日、母が茨城まで飛んできてくれて、追いコンには出ようと背中を押してくれて。

それでも、包帯に巻かれたままマイクの前に立って、みんなの前で話した内容は1つも思い出せなくて。

すぐ、沖縄に帰ってきて手術をして、麻酔が効いていく中でそのまんま起きなければいいのに…と思ったりして。





この記憶たちさえも本当に当たっているのかわかりません。

家族でも、その頃の話はほとんど出ません。

みんなが心から苦しんだあの頃。

たくさん人に迷惑をかけて痛みを感じさせてしまったあの頃。

ワクワクや楽しかったことのほうが何倍も何十倍も多かったはずの大学生活でした。

それなのに、いつも思い出そうとして出てくるのは心が潰れそうだった日々ばかり。

強烈すぎる体験は体に染み込まれているようです。

過去を振り返るという作業はやっぱり苦手で、思い出せないことも多くて、ちょっぴり切ないです。

あたしが写真を撮るようになったキッカケの一つがこの頃の体験でした。

人の記憶は曖昧です。

一生忘れないと誓っていても忘れてしまうことがあります。

病気をして、色んなことがあたしの中から抜け落ちていって、残しておきたかった光景もなくなってしまって…

そして、色んなことをリセットしたいと撮りためた写真も携帯の番号も思い出も捨ててしまったりしていて。

今になって少し後悔しています。

だから、大切な人を場所を時間を記録して記憶しておきたいと思っています。

自分の為に撮り始めた写真たち。

今はそんな写真を周りに喜んでもらえるようになって、喜んでくれた人が写真と一緒にあたしのことも記憶してくれるかもしれないと思うと、ふわふわと嬉しくて、また少し写真に対する気持ちも変わってきています。

ありがとうの気持ちでいっぱい。

人はみんな、色んなことを感じて考えて体験して、少しずつ変化しながら自分の道を生きていきます。

みんな同じ。

苦しかった経験を持っているのはあたしだけじゃないこともわかっています。

温かい毎日に囲まれて楽しく毎日を過ごしているあたしが、もう一歩前に進んで変わる為には今回の原稿をちゃんとした気持ちで自分の言葉で納得いく形で書き上げたいと思っています。

その為にはネガティブな気持ちや想いをここに吐き出そうと思いました。

あたしは前を向いて歩きたいけど、それが上手くできているわけではありません。

でも、必死で前は向きたい。

「あの頃の君がいるから今の君がいるんだよ」

たくさんの人から声をかけてもらって、今ではあの頃の体験を恨むことも憎むこともしていません。

ただ、ちょっぴりチクチク痛むのです。

涙が止まらなくなるのです。

だけど、負けない。

頑張る。

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仕事も楽しい。

ジムも楽しい。

お酒も美味しい。

家族はとことん優しい。

満たされている毎日に感謝しかありません。

それでも、そんな充実した生活とは別の所で心が揺さぶられる出来事が多いことに変わりなく。。。

そんな時は決まって呼吸がうまくできません。

きっと、これはもう癖です。

あたしは自分の力じゃどうしようもないところで起こる悲しみや痛みに耐える力が強くありません。

どうしても心が落ち着きません。

そんな偽善者すぎる自分は好きじゃありません。

ただただ、争いごとは嫌いです。

好きな人が体でも心でも痛い思いをしてるのは見てられません。

ちょっとした切なさや、寂しさや、苦しさを見てしまうとどうしようもありません。

大人になればなるほど、そんなことに敏感になり過ぎて、見え過ぎて、伝わり過ぎて…でも、現実もちゃんとわかってしまっていて。

どうしようもない。

あたしにはどうしようもない。

世の中はそんな出来事で溢れています。

死んだ人間は生き返らないし。

人の心は変えられないし。

人生変わってあげられないし。

支えられないこともたくさんあるし。

それでも、あたしに出来ることがあれば少しは力になる「キッカケ」になれたらいいなーと思わずにはいられません。

「誰かのために」という気持ちはあたしの生きるパワーになります。

選手時代はそんな気持ちが「プレッシャー」に変わってしまい、苦しいこともたくさんありましたが、毎日努力する為の励みになっていたことも間違いありません。

この間、たくさんの人の写真を写しながら、あたしはやっぱり人が好きで、笑ってる人が好きで、フィルター越しに笑ってるその人が誰かを思って笑ってくれることが好きで、そんな笑顔の写真を撮ることができる自分もちょこっと好きになれて。

みんなを楽しませたいと思っている人が好きで、悩みながらも一生懸命生きている人が好きで、投げ出さずに踏ん張っている人が好きで、目標がある人が好きで、頑張る人を支えられる人が好きで、好きな人を好きと言える人が好きで。

どんな人にもあたしが好きな一面があるはず。

そう思える夜に遭遇して、出会う人みんなのそんな素敵なとこを探しながら生きられたら人間関係に悩むこともないのかもしれないって思ったりして。

人が好きで人が苦手で。

もう、誰かを嫌だって思いたくない。

そんなワガママを叶える為にはあたし自身が目一杯努力しなければいけないことに気付きました。

綺麗事だとわかっていても、あたしはそう生きたい。

それがあたしの生きやすさ。

そんな時に限って優しくされるのはズルい以外の言葉が見つからないけど、そんな人が好きなあたしもあたしなわけで。

心のままに。

「素直に生きる」難しさを感じることができるのは生きているから。

そう思ったら、全部の迷いや悩みもきっと小さくて「こんなこと」で片付けられるはず。

それがあたしの求める強さ。

よし。

気合い入れて、また笑うよ。

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高校生の時に初めてチームのエースになって初めてキャプテンを任命されてそれからの人生もリーダー的な立場にたくさん立たせてもらいました。

大学でもキャプテンをして、卒業してからはコーチをして、指導者として監督になって。

あたしは元々リーダー気質だったわけではなく、立場に育てられたというか、肩書きがつくと人はそれなりにそれっぽくなるものです。

高校生の頃は選手として闘いながらチームをまとめるということが上手くできず、ワガママで甘ったれなあたしは先生に怒られてばかりで、チームメイトに助けられてばかりでした。

リーダーは正直であること。

口にした言葉は実行すること。

人の立場に立って物事を考えること。

チームにとって何をするべきか。

自分のことより人のこと。

17歳でキャプテンになってそれまでの自分の中にない感覚をとことん叩き込まれました。

「柳川」という名誉あるチームの顔になることは責任もありましたが、同時に誇りでもあり、色々な場所で注目してもらえることは喜びでもありました。

でも、あたしは未熟でキャプテンらしいことは何一つできず卒業。

チームで勝つこともできませんでした。

負けた責任はお前にある。

初めてキャプテンとして挑んだ全国大会で負けた時に先生に言われて、それからずっとその言葉の意味を考えて工夫をしてあたしなりに努力をして夏のインターハイに挑みました。

しかし、思うような結果は出せませんでした。

応援してくれる多くの人のガッカリした顔は今でも忘れられません。

自分が勝って喜んでくれる人がたくさんいるということは同じだけ負けた時も悔しいと思ってくれる人がいるのです。

最後の観客席への挨拶で頭を下げたまま顔を上げることができませんでした。

そんなダメすぎるあたしが卒業する時のことです。

いつもどんな時も厳しかった監督さんが

「お前のことは自信を持って世の中に送り出せる。いい人間に成長した。今までおつかれさま。いいキャプテンだったよ。」

と、笑って肩を叩いてくれました。

その手が温かくて、ここに入学して良かったと改めて思えた瞬間。

人の想いや期待を背負うことの重さと誰かに支えられる心強さを痛感したほろ苦いキャプテンデビューの高校生活でした。

そして、大学に進学してからも3年生の秋にキャプテン生活はやってきました。

1年生の途中でオーストラリアに留学して、散々やりたい放題のあたしが筑波大のキャプテン…

立候補する時は正直迷いましたが、チームのみんなに、特に同期にはたくさん迷惑をかけた分だけ残りの3年間は全力で部活に捧げると誓って帰国したオーストラリア。

その時の決意はいつも心にあったので自分からみんなにお願いをしてキャプテンをやらせてもらうことにしました。

筑波大は当時、関東1部リーグに所属していて常に日本一を目指すチームでした。

チームメイトにはあたしよりはるかに強い後輩がたくさんいて、小さな頃から憧れていた同期がいて、監督さんは高校の大先輩で、応援してくれるOBのみなさんがたくさんいる素敵なチームでした。

そして、部活は自主性を求められました。

運営する幹部の学生が何でも決められて、部活の時間もオフの日も、練習メニューも何から何まで自由にやらせてもらえる部活でした。

とにかくもう、あたしは「日本一」になることだけしか頭になくて、それがチームのみんなに対する恩返しだと思っていたし、柳川高校に対する恩返しにもなると思っていました。

たくさんトレーニングを組み込んで、たくさんミーティングをして、自分の熱い想いを伝えて。

しかし、大学の部活には色んな学部の色んな思いを持った20人弱の仲間がいました。

そして、色々なことを抱えてみんな部活を頑張っていました。

怪我をして思うように練習ができない子。

試合でなかなか勝てない努力家の子。

学業との両立に苦しむ子。

どうしてもテニスと向き合えない子。

部活以外にも夢がある子。

恋愛に悩む子。

チームに馴染めなくて悩む子。

どうにか力になりたくて、たくさんたくさんチームメイトと向き合いました。

初めは「勝つためにキャプテンとして」動いているだけでしたが、みんなと向き合っていると、

チームメイト全員が居心地のいい部活にしていきたい。

そんな想いも生まれました。

勝つことだけが全てじゃない。

人生とは…

そんなことを常に考えさせられました。

それでも、あたしの中の「日本一」へのこだわりもブレることなく、時には非情な判断をしたり、きつい言葉を投げかけてしまったり、チームメイトには痛い思いをたくさんさせてしました。

キャプテンとしてチームを率いていく中で、あたしの中にはたくさんの矛盾と葛藤が溢れかえっていました。

どんなに苦しくても最後にてっぺんに立って見える光景が全てを吹き飛ばしてくれる。

それがあたしの信念でした。

それでも、勝てなかった。

日本一への道は本当に遠かった。

敗者は勝者を称えて悔しい光景を目に焼き付けて前に進む。

それは、これまで負けるたびにあたしがずっと守ってきた儀式。

でも、人生最後の日本一への挑戦が終わった時はどうしても耐えられなくて同期の肩を借りて泣いてしまいました。

本当に悔しかった。

でも、泣いているあたしの頭をぽんぽんとしてくれた同期の手がとてもとても温かくて、このチームで良かったとも思えた時間。

あ、ここでも支えられてばっかりだったなと思った表彰式でした。

あたしに何が足りなかったのか。

チームに何が足りなかったのか。

よくやったよ。なんて言葉はいらない。

勝たなきゃ意味がない。

でも、あたしは弱音を吐いちゃいけない。

ありがとうを伝えなくちゃ。

みんなにありがとうを伝えなくちゃ。

後輩に前を向かせなきゃ。

そんな複雑なたくさんの思いの中でキャプテンとして最後のミーティングをしました。

あたしは笑って終わりたかったのですが正直なところ、自分が何を話したのかほとんど覚えていません。

ただ、泣きじゃくりながら

「あたしたちの代では絶対に日本一に」

何人もの後輩が口にしてくれて、物凄く嬉しかったことだけは覚えています。

それと同時に、あたしはもう目指すことができないんだ…ということも突き付けられて淋しかったのも事実。

今でもその時を思い出して、考えたり、思うことはたくさんあります。

でも、全てひっくるめて楽しかった。

本当に楽しくて熱い時間でした。

あたしみたいな人間についてきてくれたみんなには感謝の気持ちしかありません。

今更ながら、みんなありがとう。

キャプテンという立場を経験することで自分の弱さにたくさん気付かされました。

と、同時にその弱さを奮い立たせてくれたのもキャプテンという立場でした。

仲間はたくさんいるのに孤独を感じてしまうのは完全にあたしの弱さでした。

人の上に立つには大きな器と優しい強さが絶対に必要。

そして、何より続けることは素晴らしい。

あたしはテニスを投げ出した人間だから、色んなことを続けている人に出会うと尊敬とヤキモチと自分の中にあるちょっとした後悔に出会います。

でも、こうやって熱かった頃の思いは消えないことも思い出させてもらいます。

だから、今を一生懸命生きる。

それがあたしの選んだ道。

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今日は後楽園ホールで修斗フェザー級世界タイトルマッチが行われました。

あたしが通う「THEパラエストラ沖縄」代表の松根さんは修斗出身で元世界チャンピオンです。

そして、現フェザー級世界チャンピオンは松根さんの後輩、扇久保博正選手。

その扇久保選手の防衛戦でした。

昨年の秋に行われた「琉球フリーファイト」の時に知り合ったことがキッカケで応援してる格闘家さん。

それまでのあたしは全く格闘技に疎く…というか、正直なところ苦手でした。

痛そうなことがもうダメで。。。

でも、松根さんに出会って

「格闘技ってさ、鍛え抜いた人間と人間のぶつかり合いなわけよ。真剣勝負。弱い者イジメしてるわけじゃないから。格闘技って自分と向き合う競技だから。」

と、教えてもらってから見方が一気に変わりました。

そして、その後に出会ったプロの格闘家さんたちが本当に優しくて温かい人ばかりで、驚きっぱなしでした。

格闘技に対する偏見を変えてくれた人たち。

扇久保くんは心優しくて、家族思いで、楽しくて、シャイで。

でも、熱くて努力家で真面目で。

純粋に一ファンとして応援しています。

でも、今日は負けてしまいました。

すごく残念。

きっと、あたしなんかより本人が家族が、そして仲間が何倍も悔しい思いをしていると思います。

みんながたくさん悔しい分、本人の悔しさが半分になっているといいなーと思わずにいられません。

勝負の世界は非情。

テニスをしていた頃、監督にとことん言われ続けた言葉を思い出しました。

久しぶりに勝負の世界に触れて、そんなことを思い出したりしていました。

扇久保くんなら、仲間が応援していた分だけ悔しさも倍増かもしれません。

あたしは…応援していた選手が負けて悔しくないわけがないのですが、同じくらい感謝の気持ちもいっぱいになっていて不思議な感覚を味わっています。

それは、扇久保選手の防衛戦が決まってから、ワクワクしたり、ドキドキしたり、本当に楽しませてもらったからです。

FBや松根さんを通して扇久保くんの色んな努力の形が見えたような気がして、でも、あたしに見えてる部分なんてほんのちょこっとなんだろうなーと思うと「頑張れ」の気持ちがいっぱいになって。

みんなが扇久保くんを応援していることを知って温かい気持ちになって。

その気持ちに応えようと努力を惜しまない姿に感動させてもらって。

そんな彼をみんなが信じていて。

知らなかった新しい世界。

本当に素敵な時間でした。

心から「ありがとう」を伝えたい。

何があっても、あたしの中でのチャンピオンは扇久保くんしかいません。

人に元気や勇気や楽しいを届けられる人間は誰よりも強いと思います。

誰よりも。

出会えたことに感謝。

ひょんなキッカケでジムに入って、格闘技ド素人のあたしはたくさんの素晴らしい格闘技選手と出会っています。

きっとこれからも出会っていくと思います。

これからも出会うたびに、こんな風に楽しい時間が増えるのかと思うと楽しみで仕方ありません。

格闘技の力。

本当に見せつけられています。

今日はたくさんのありがとうを扇久保選手へ。

そして、対戦相手の堀口選手にもおつかれさまとおめでとうを。

楽しさと悔しさと温かさとありがとうに溢れた夜を書き残したくてブログを書きました。

みんなみんなおつかれさまでした。

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