受験が終わってから、娘は、ひたすら寝て、テレビ三昧、マンガ三昧、ゲーム三昧の日々を過ごしていた。
そして、私はというと、何するわけでもなく、毎日を、なんとなく過ごしていた。
これを、虚無感というのか、娘も、私も、「ガスが抜けたような風船のような状態」であった。
合格証書をいただいた直後は、入学手続き、制服の採寸、入学説明会、教科書や体操着の購入etcなど、次から次へとやることがあったので、まだよかった。
ところが、やることが一段落し、娘の部屋を占領していた「大量の塾のテキスト」を片付けようとしたとき、私の体に異変が起こった。
片付けはじめてまもなく、頭痛とめまいがして、それから先の作業を中断し、床に伏してしまったのだった。
その数日後、復活し、再度片付けようとしたが、また具合が悪くなるしまつだ。
夫が、見るに見かねて、作業を変わってくれたので、娘の部屋は綺麗になったが、当時の私は、あの体調不良は、いったいなんだったんだろうかと、不思議に思っていた。
だいぶ後になってから、夫から、
夫「あのテキストには、ママの念がこもっているから、捨てようとすると、具合が悪くなったんだよ!」
夫「だから、片付けは、俺がするしかないと思って、やったんだよ。」
と言われたときに、すべてが呑み込めた。
どうやら、私は、燃え尽き症候群とやらに陥ってしまったようだ。( ̄ー ̄;
先輩ママから、そういった症状に陥る人もいるよとは聞いていた。
「中には、このまま、更年期障害へ突入!という人もいるから、気をつけてね。」と忠告もされていたが、まさか、自分がそんなふうになるなんて、思いもよらなかった。
私と、同じような症状を味わっている人がいるかもと、周りに聞いてみた。
そしたら、けっこういた。
中には、家事が全く出来なくなって、実家の母親に来てもらったという人もいた。
そこまで来ると、重症の域に入っているのではと思うのだが、その「何にも手につかない」という気持ちは、共感できる。
そんな状態が続いて、とうとう、卒業式をむかえた。
卒業式では、ふつう、6年間の色々な思い出が、走馬灯のように浮かび、涙があふれ出るようなものなのだろうが、私は、涙ひとつこぼれなかった。
自分は、涙もろいほうだと思っていたので、もしかしたら、重症なのだろうかともちょっと悩んだ。
その後、入学式。
そのときは、夢にまでみた、娘の制服姿を見ることができ、感無量であった。
娘が、この制服を着て、入学式に出ることを、どれほど夢見ていただろうか・・・。
講堂で、入場行進している娘の姿を見かけたときには、涙があふれた。
(卒業式では、涙が出ず、入学式でボロボロ泣く人もめずらしいだろうが。汗)
そうしているうちに、いつの間にか、私の体調不良は、回復していった。
この「中学受験回想録」のブログも、ちょうどその頃に、はじめたものであった。
最後に、次の言葉を綴り、このブログを終わりにしようと思う。(後で、気が向いたら、「その後」を綴るかもしれないけど( ̄ー ̄ニヤリ)
今まで、おつきあいしてくださいました皆さま、ありがとうございました。
「子孫を繁栄させる根になるのは、その人の心である。根がついていないのに、枝葉の生い茂ったためしはない。」
「心写後裔之根。末有根不植而枝葉栄茂者。」
「菜根譚」(著書:洪自誠 口語訳:守屋 洋)からの引用