4月雑記(克己)
「そうやって自分(自身)に負けていくんだ」
という言葉があります。
中学か高校の頃に言われた言葉ですから、よっぽどその当時の自分にコタえたんでしょう。
これをいわれた経緯などを説明しなくても、この言葉を見たときに、
なんか胸が痛くなる人は、今回のコラムを読んでください。
「克己」という言葉があります。
以前所属していたITFでは「五大精神」の一つとして数えられていて、
東京の常設道場にはその言葉が壁の一角を飾っていました。
私ら学のない練習生はこれがはじめ読めず、
「なんて読むの?」
「「かっこ」じゃねぇ?」
などと勝手に納得していましたが、正確には「こっき」と読みます。
「おのれにかつ」精神を養うことを掲げているということです。
「はじめるのは簡単で、難しいのは継続することだ」
私のテコンドーの師であった方がおっしゃっていたことです。
…始めるということは「点」で、継続するということはその点を無数に集めた「線」ですから、
当然といえば当然なんですが、趣味ではじめたことを例えば10年続けるということは、
非常に大変なことです。
その間、つらいこともあるし、伸び悩むし、生活環境も変われば、年老いても行きます。
そんな逆境を迎えて
「せめて余暇くらいは楽しいだけのことをやって過ごしたい」
と思うようになるのでしょう。
厳しい言い方をすれば「そうやって自分に負けて」いきます。
たかが趣味にこんなケチをつけられたんじゃたまったもんじゃないでしょう。
しかし私は8年と半年という短い時間ですが、さまざまな人間を見てきました。
言えることは、
「テコンドーにかける姿勢と、その人の生き方」は驚くほど合致しているということです。
一事が万事ってことなんでしょうね。
だから、その「たかが趣味」は自分の半生を知る
バロメーターにもなりえるということです。
逆に言えばたかが趣味の逆境に打ち克てないのに、
生きる過程で起きる逆境を乗り越えられるか…そういうことを主張するところの、
武道の「克己」の精神なのだと思っています。
(もっとも、武道というのは生涯教育(学問)ですから、
「たかが趣味」など言ったら誰かに怒られてしまうかもしれませんが…)
「継続することが大切」ということは以前どこかでも述べましたが、
実際に永遠に継続していくことは無理でしょう。
でも、いつか終わりが来る時には、自分に負けてフェードアウトしていくのではなく、
自分に打ち克ってもう一歩進んでから、満足を得て終わってほしいと思い、
それを切に願っています。
どこまで行けば中途半端ではないかは人によって違うでしょう。
(私は10年立った今辞めても中途半端ですしね)
が、ともあれ皆さん、中途半端で自分に負けないでください。