再会
アーニャは、取り合えずアンナの下着や洗面道具を取りにアパートへ向かった。アンナはまだ意識がはっきりとはしておらず、混濁とした様子だった。痛みを抑えるためにモルヒネを使用しており、そのために余計に意識がはっきりとはしない様子だった。
アーニャがアンナの部屋に入ると、そこにはレオンが座ってレコードを聴いているではないか。
「レオン!」
「アーニャ。」
「いつ戻ったの?一体今までどうしていたの?アンナはどんなにあなたに会いたいと思っていたか。」
「アンナは?」
「・・・・。」
「アーニャ?」
アーニャは全ての緊張から解きほぐされたようにわぁっと泣き出した。
「アーニャ、一体何があったんだ?アンナに何かあったのか?」
「アンナは今病院にいるわ。」
「怪我でもしたの?」
「いいえ・・・。実はアンナはとても具合が悪いの。」
「え?」
「だから、一刻も早く病院へ行ってあげて頂戴。」
レオンの頭の中は、真っ白になった。アンナにようやく逢えるのだという喜びもつかの間、急転直下坂道を転がるように不安が襲ってきた。具合が悪いとは一体どういうことか。アーニャに聞いてもアーニャも何も分からないと言う。ともかく早くアンナに会ってというばかりだった。まさか、アンナとまた離れ離れになってしまうのか?
レオンは、不安で体が硬直した。息を思い切り吸い込まなくては呼吸が出来なかった。それでも何とかアーニャの案内で病院に辿り着いた。
病室に入ると、アンナは目覚めていた。今は薬のお陰で痛みもない様子だった。
アンナは一瞬夢を見ているのかと思った。目の前にレオンの姿があった。優しく微笑んで私を見つめている。これは現実ではないんだわ。それに、レオンはどこか寂しそう。
「アンナ。」
レオンの声がする。
「アンナ、僕だよレオンだよ。君を随分と待たせてしまったね。」
「レオン、本当にレオンなの?私夢を見ているのではないの?レオン!」
レオンはアンナの手を取り、少しだけ体を起こし、その細い体を思い切り抱きしめた。アンナはただただ嬉しくて、涙が頬を伝うのを感じた。しばらく2人は何も言わずに抱き合っていた。
「アンナ。よく顔を見せて。逢いたかった。君は相変わらずとても美しいよ。どんな時も君を忘れることなんかなかった。突然理由も言わずに君の前から姿を消してしまって本当に申し訳なかったと思っている。そのことでどんなに君を苦しめ、自分も苦しんだか。もう事情は聞いているのだろう?ご主人から聞いたよ。離婚のことも。君はあのアパートの2階の部屋に住んでいるんだって?今日僕は君の部屋で君の帰りを待っていたんだよ。君の香りが微かにしたんだ。この3年の間僕がどんなに君に逢いたかったか。でも色々心配をかけて本当に済まなかった。これからはもう2度と君のそばを離れないからね。」
レオンは過ぎた時間を取り戻そうとするかのように、早口で一気にそう話をした。アンナはレオンの顔を見ながらじっとその言葉を聞いていた。
「レオン・・・。」
アンナは名前を言うことしか出来なかった。ただレオンを見つめているだけで十分だった。もう2度と私から離れないと言ってくれた。そう、もう離れたくない。でも、神様がそれを許してくれるのかしら?
アンナの両親と妹が知らせを受けて病院にやって来た。アンナの病状を知ると、それぞれが交代で看病する手筈を整えた。
レオンは、両親にアンナとの出会いから全てを話した。
「レオン、アンナはあなたを待っていたことで、無理をしたのに違いないわ。アンナの命を磨り減らしたのはあなただわ。」
母親のカレンはレオンに詰め寄った。カレンの大きな瞳は哀しみと混乱で真っ赤に充血していた。
レオンは何も言い返す言葉はなかった。そのことは、十分承知していた。アンナは自分の為に苦しい生活を何年もして、体の具合が悪くても病院に行くことがままならなかったのではないのか、と。だから、母親の言葉は体の一部を抉られる様に辛かった。
「それは言っても仕方の無いことだ。アンナは誰が何を言っても、そうしたのだろう。レオンを責めてはアンナが悲しむ。」
父親のジョゼフはそう言って母親をなだめた。