今日は、20歳の上娘の誕生日。
今朝、下娘との何気ないやりとりの中に、すべてが“新しい日常”として戻ってきました。
「言ってくれないとわからない!」
「言わないだけだよ」
「言ってくれたらいいのに」
そんな当たり前の言葉の中に、生きてるエネルギーが通い合っている。
家族でも、外の関係でも、どんなに心地よくても、言えないこと、言わないことがあります。
それは、長い間、胸の奥や身体の奥に握りしめてきたもの――怒りや悲しみ、恐れ、自分の価値に対する疑問、愛を受け取ることへの抑制が、まだ溶けきっていなかったから。
昨日の夜、胸の奥にずっと残っていた重みと共に眠りにつくと、夢で過去の人々との深い関わりが浮かび、責められるような感覚を体感した。
侵食されるような感覚に一瞬息が詰まったけれど、それは外からの波を受け取って、潜在意識が整理しているサインでした。
眉間にチクチクした圧力を感じ、ラジオのチューニング音のようなノイズが頭の中を横切る。
胸の奥や左股関節に鈍い重みと痒みを感じ、身体全体が反応しているのがわかって。
それはまるで、硬く結ばれた縄の節々に絡みついた古い感情が、一つひとつ弛んでいく感覚。
目覚める直前、身体全体が一瞬で緩み、重力から解放されたように軽くなって、体を起こした。
左股関節の痒みは、湿疹として現れていました。
長い間押さえつけていたものが、日々身体を通して現れ、解放され、身体の内部で静かに循環を始めていく。
握りしめていた縄がほどけるたび、
呼吸が深くなり、胸と股関節、背中の奥、手足の末端まで、血やエネルギーが通うのを感じる。
怒りや悲しみは消え、解けていく。
けれどそれをなかったことにしない。
だってそれはもう、循環の一部として身体に溶け込み、痛みや重さではなく、
そのレイヤーがあったからこそ、その上に生きる力として変わっていくのだから。
娘の20歳という節目に、私の中で“終わりのあとの静けさのはじまり”を迎えた今朝。
当たり前のことを言ってもらえる関係、素直に通じ合える関係、それを自分自身の中で実感する日。
母として、ひとりの人として
胸や身体のすべてが受け取った循環を、今日という日にゆっくり味わう――そんな朝になりました。
もし今、胸の奥に重さを抱えたり、
身体のどこかに違和感や緊張を感じているなら。
それは、あなた自身の中で循環を待つエネルギーかもしれません。
少しだけ呼吸を整えて、自分の体を感じてみる。
日常の中での小さなやり取りや、当たり前に交わされる言葉の中に、あなたの生きる力が通っていることに気づく瞬間があると思います。
自分の中の循環を、静かに感じて
滞りに気づいたら通してあげる。
気づいてあげるだけで、そこは動き出すのだから。
日々の氣づきや静かな流れは、主にスレッズでお届けしています。





