あの日は、雪が降りそうな、
凍えるような気温の中、二人は銀座にいた。
街のイルミネーションはとても綺麗で、
それだけで、あたしは満足した。
東京国際フォーラムでのコンサートを終えて、
前面ガラス張りのイタリアンレストランに入った。
どこをみわたしても、
イルミネーションがきらびやかに、
あたしの目にうつる。
チリ産の赤ワインをがぶ飲みし、
あたしは、酔ったふりをした。
「このあと、どうしようか?」
男は言った。
「どうしようかねぇー」あたしは、ニヤリと笑った。
「どこ行きたいとか、なにをやりたいとかある?」
「んー」あたしは、ますますニヤリと相手の目を見た。
「きみは、わがまま言わないんだな」男は、ためいきをつきながら窓をみた。
あたしは、まばたき一つせず、
「そぉ?」言葉をにごした。
あたしは、もっと、わがままを言いたい。
いつもは誰もいぬ場所を探しては、
心の中で泣き叫ぶ。
あたしは、わがままを言いたい。
いまどきの女みたいに、わがままで傲慢な女になりたい!
お腹がすいたら、お腹がすいたと言いたい。
寒かったら寒いと言いたい!
だけど、言えないのだ。
甘えたいという感情を、幼少のころから、押し殺して生きてきた。
「ちいさいのに、人生悟ってるよねー」とか、
「若いのに、なんでそんなに冷静なの?」
とか、ずっとずっと言われてきた。
大人になった今では、冷静でいるのが当たり前。
まして、人前で泣いたり、笑ったり、
怒ったりすることは皆無なのだ。
だけど、ほんとうのあたしは、
泣いて笑って、怒って、
あなたの胸をたたいて、
「なんでわかってくれないの?あたしは、ずっとずっと甘えたかった」と、
声がかれるほどに泣き叫びたいのだ。
そんな心の叫びに、気づくまでもなく、男は
「じゃ、出よう」と、すばやく店を後にして、
タクシーを停めて、
男とあたしは、銀座のネオンの中へと消えていったのだ・・・