夏とはいえ、野宿を免れた教会がカトリックだったのかプロテスタンだったのさえ、記憶が無い。これは歳だけではなく基本、宗教に興味がなかっただけだと思う。

だから牧師なのか神父なのか、どの国からやってきてたのかも忘れてしまっている。

最悪なのは名前も覚えていない。

一期一会はやはり茶道の世界のことで、このような出会いは文字どうり出会いで、それ以上でも無い。そして、その感性を後の記憶としてどう止めるかは多分、受ける側の資質によるものだろうと思う。

 

多分近頃、よく耳にする「ゲス」なのだろう。素直に書くので、こうなる。

 

このヒッチハイクの旅は70日あまり続くが、この間20日間程は教会に止まっている。残りの日数はバイト先での宿泊であったり、超距離トラックの荷台だったり、駅などおいおい書くが、かなりやばそうなところにも泊まっている。

 

勇気ではなく、無鉄砲か怠惰な神経が現実逃避した結果だと思う。

元々、この旅の目的は度胸付けと、異風景の実感であり、それほど人と交わりたいとは考えなかった。なぜなら、同じ話(自己紹介的な)ばかりするので、関西人の特性で、受けなかったら話を盛る傾向がある。そうなってくると、どうも自分が見えなくなって、邪魔臭くなる。

後で、親しくなろうと連絡をとっても、どの盛りか判らない。

嘘は、たとえ小さくてもつかない方が良いと、後の祭り。

 

ともかく、北へ行こう。北海道。行ったことが無い。

 

福井の国道に立ち、指を突き上げるが車は止まらない。

最初は2、3時間続けたが、馬鹿らしくなった。

金は少ないので最悪、旅の中止は今いる場所から大阪までの運賃がタイムリミットになる。

 

田舎といえど信号がある。ものは試しと、信号待ちの車に精一杯の笑顔で目的地方面を告げる。

この旅の3年後、アメリカでもヒッチハイクの旅をするのだが、日本では90%以上長距離トラック、アメリカでは乗用車であった。

ともかく、うまくいって記念すべき最初のトラックは羽咋市行きであった。