トレーダー1年生の備忘録 -10ページ目

トレーダー1年生の備忘録

ときどき、ドキドキ、深呼吸して最初の一歩
日々の雑談と、自身の備忘録を掲載しています。

私は仕事の関係で二か所に住居があるんですがそのうちの片方をもっともっと狭いところに住み替えを決心し、ひと部屋分をごっそり片付け始めたんですが、やればやるほど散らかっていきます。

 

なんで? なんでなんで?

片付ける前は整然と片付いていたのに?

今はそのお部屋が片付けられない人の部屋みたいになっております。

 

そしていかに自分が衣装持ちだったかを思い知らされました。

 

というのも私は【※マ※ラ】等の量販店の安い服を着ていることが多いんですが

買い替えるつもりで買ったときに前のお洋服を捨てられないんです。orz

 

『もう着ない』とわかっているのに捨てられない。フリマで販売できるほどの商品でもない。

 

ともあれ、年内には片付けて来春までにはもう少し狭いところにお引越ししたいな。

 

消費税もあがったけど 収入は下がった。

 

この際見直せるものは一気に見直そうかと頑張っています。 ><

 

 

皆様いつもありがとうございます。

本日の晩御飯

酒盛り用サラダ

ほうれん草ひいて、
だいこん
人参
レタス
ラディッシュ
きゅうり
大葉
トマト
炒り卵
ゆでたこ
からいりしたしらす♪

なんて気合いの入ったサラダだ!

これで夫婦で一週間お疲れさまでした会をしました🎵


皆様ご無沙汰しておりました。

 

実は大阪の父が病気で手術になり、一週間ほど毎日寄り添っておりました。

っと、、、。

 

詳しい内容は会えた方のみにお伝えしますが、病院へ行く初日に、高速道路でブレーキが故障し、ほとんどきかなくなり本当に怖い思いをしました。

 

結果として我が家の宝物のBMWは廃車となりました。15年乗りました!今までありがとう!

 

死んでいてもおかしくなかった故障でした。

緊張感を少しでもといたら大事故になる数時間でした。

それなのに、怪我や大きな事故も避けられて、

きっと、いろんな力が私を守ってくれたんだと本当に感謝しています。

 

写真は、廃車になった愛車です。

 

15年経ったとは思えないほどきれいに乗っていたので、いきなりのさよならは実感がないです。

 

今まで本当にありがとう!

 

大阪に置き去りにして連れて帰ってこれなくてごめんね。

皆様ご無沙汰しておりました。
実は、2014年8月23日にずっと介護していた旦那様のお父様が永眠し、私自身もあと半年で3回忌になろうという今、やっとこれを書くことが出来ました。これからまた、時折綴っていこうと思いますのでみていただけましたらありがたいです。

8月23日、、
この日は旦那様と夕方までお父様と3人で過ごし、夕方の6時半まで団らんをしておりました。

お父様も元気で笑顔でおりまして、かたことの会話でしたが声もだしてくれたりして、なんだか旦那様とお父様をみていて 親子だなって嬉しく感じていました。

そして夜は、旦那様とふたりでお酒でも飲もうと、自宅で飲み始めたところ、(この日は何故か私はまだ飲んでいなくて、一日の想い出にふけっていて楽しそうな旦那様をみながらノートパソコンで少しゲームをしていました。)そして病院から一方が入り、呼吸困難でチアノーゼでもうあぶないとのこと。

あわてて旦那様の身内に電話をしていただきながら車を走らせ、駆けつけるのに10分とかからなかったのですが、間に合いませんでした。
自宅からすぐのところにいたのに、、ちゃんとおくってあげられなかった。
でもお父様はいわゆる老衰で、多分、タンか何かがのどにつまり、わずか数分で旅立ってしまったので、本当に苦しまずに永眠されたことだけは、良かったと今は思います。

永眠される一週間前は私と二人で夏祭りに出て、ほんの少しだったけど、ビールを飲んだり、焼き鳥を少し食べたりしながら過ごしたり、友人が青森に里帰りしたのでおいしいウニを送ってくれたのでスプーンで食べたり、そんな毎日を過ごしていました。

お別れの前日、本当にかなり久しぶりに言葉を、私にかけてくれて、【かおっちゃん、おりがとう】と。

・・・思えば長い長い時間をお父様と一緒にすごしてきたと思います。
結婚して次の年にお体をこわされ、膝や、肩、手、腰、そして認知症や、糖尿病等約15年間の戦いでした。
最初のころは家族になりきれず、またお父様自身も血気盛んな時期もあり、手探りの中、旦那様とお父様と常に家の中が台風の様だったこともあります。

そして色んな方に私達は支えていただきました。

嫁という立場の人間は、その中では唯一血縁がない他人だから一番しっかりしなくちゃいけないのが 親御さんが永眠された時なんだろうと思うんですが、まるで本当の親のように悲しくて、永眠されたときにはお父様の横に簡易ベッドをおいて、いろんな手配をしながら添い寝させていただきました。

体をあらって、新しい浴衣に着替えてもらって、髪型を整えて。

顔が、、息が苦しかったから、口が開いたままになっていて、まだあたたかいお父様の顔を元に戻してあげたかったので、あごをもちあげて口を押さえて・・・。
娘さんや 親族一同とお別れするまでには かっこいいお父様にもどして対面させてあげたかつた。

葬儀なども4日間仕事になりましたから、出来る限り一緒にいて、焼き場に行ったあともずっと泣き崩れていたら、旦那様の親族のいとこの男性が頭をなでてくれて、肩を抱いてくれて、色々言葉をかけてくれたりして。
大阪や、京都からかけつけてくれたいとこの男性たちはみんな暖かい人達で。

泣きながら私は、
旦那様と一緒になれて本当に良かったと思いました。

旦那様の父親が永眠されてこれだけ辛いって事は、本気で向き合ってきたからこそ得た家族の絆が出来たって事だと思いますし、辛かったことも嬉しかったことも全てを含めて家族になれたということは本当に心底幸せだったなと思いました。本当にありがたい。

お骨になって帰宅されたお父様が和室にいて、どうしても信じられなくて、ずっと一緒にいたからやっぱりしんじられなくて、喪服のままお骨の前で泣き疲れてタタミに突っ伏して寝てしまったり。

旦那様も辛いだろうに、ものすごく辛いだろうに、私がこんなになっちゃったから、フォローしてくれて、、そこは本当に申し訳なく思ったものです。
これからは旦那様と二人で、、はじめて二人っきりで今まで以上にあたたかい家庭を二人で作っていきます。

何があっても、どんなにつらくてもお父様とも最後までいられたのだから、出来るはずです。だから皆様も私達の今後を見守って下さい。
そしてお父様、お母様、天国から旦那様を守って下さい。

これから私は、今までできなかった仕事や、家族のことをもっともっとがんばります。

これからは自分たちの残りの人生

私達に関わって下さったすべての皆様に心からの感謝を込めて・・・。

お父様、お母様、私達の笑顔がそこから見えますか?


愛してくれて有り難う御座いました。

 

 

皆様こんばんは。

いつもありがとうございます。

結婚記念日には間に合いませんでしたが、
やっと今夜、渡すことが出来ました。

旦那様は、アランドロンのスーツが多いんですが、
それに似合うネクタイを探したかったんですよね。

それも、かっこいいのを(*^▽^*)ェ 

写真は、アランドロンのイメージ写真

この写真みたく大胆だけれどかっこいいネクタイがほしかった。


そこで私がプレゼントしたのは。

色違いの幾何学模様の3本です。

タイピンと、、

ラブレター付きo


どうですか?こういうネクタイ。

キャッ(^^*))((*^^)キャッ


もちろん、セットものではないですよ。

全部単品の取り寄せです。

おおおぉ!! ( 。・。・)/\(・。・。 )

こんなのを見つけた。

10円?

これはもう、入れてみるしかない。

ちゃりん

ガタガタ・・・ガタ・・・

げっ。

本当に出てきたわ。