4月から、また食品などの値上がりが続くと報道されています。

毎月のように「また上がる」という話を聞いていると、
いったいこの流れはどこまで続くのだろうと思ってしまいます。

値上がりそのものを止めるのは、自分ひとりではどうにもできません。
だからこそ余計に思うのです。
せめて、物の値段が上がるなら、それに見合う形で所得も増えてくれたらいいのに、と。

実際の暮らしの中では、買い物をするときに特価品や値引き品を選ぶことも増えます。
少しでも安く、少しでも無駄なく。
そうやって選んでいても、以前より確実に家計への圧は強くなっているのを感じます。

「安いものを選べば何とかなる」というレベルを、少しずつ超えてきている。
そんな感覚があります。

今回の買い物でも、値引きされた食品を中心に選びました。

 

魚、納豆、豆腐、パンなど、日々の食卓を支えるものばかりです。

 

贅沢をしているわけではなく、
むしろ必要なものを必要な範囲で選んでいるだけ。
それでも、合計金額を見たときに、前より重たさを感じることがあります。

食事も決して華やかなものではなく、
この日はカレーとサラダという、かなり質素な組み合わせでした。

 

ただ、こういう中でも少し工夫を入れています。
カレールーの使用量を抑えつつ、ほどよいとろみを出すために、余っていた餅をすりおろして使いました。

大きな節約術というほどのものではありません。
けれど、こういう小さな工夫の積み重ねが、暮らしを支えているのだと思います。

年度始まりということもあって、どうしても暗い話題になりがちです。
値上がり、家計、先の見えにくさ。
気持ちまで引っ張られそうになることもあります。

それでも、そんな中で忘れたくない楽しみもあります。

 

去年漬けた八朔酒が、ちょうど飲み頃になってきました。
炭酸水で割って飲むと、気分がすっと切り替わるような爽やかさがあります。

去年の実りが、時間を経て、今の楽しみになっている。
そう思うと、目の前の厳しさだけではなく、
少し前に自分が仕込んでおいたものが、今の自分を助けてくれることもあるのだと感じます。

暮らしというのは、
ただ我慢することでも、ただ節約することでもなく、
厳しい現実の中にあっても、小さな楽しみや余白を失わないことなのかもしれません。

空を見上げると、暗闇の中にもわずかな光があります。

 


今の時代や生活も、それに少し似ている気がします。

明るい話ばかりではない。
先行きが楽観できるわけでもない。
それでも、全部が真っ暗というわけでもない。

値上がりの波にのみ込まれそうになりながらも、
工夫し、整え、味わい、また次の日を生きていく。

そんな日々の中にこそ、
本当の意味での暮らしの強さがあるのだと思います。

 

今日は少し重たいテーマになりましたが、八朔酒の一杯や空のわずかな光のように、日々の中の小さな楽しみは大事にしていきたいものです。

 

皆さんは、最近の値上がりをどんな場面でいちばん実感しますか?
暮らしの中での小さな工夫や楽しみがあれば、ぜひ教えてください。