ちょっと行き詰ったから、散歩してきた。
夜の高円寺を歩いていると、なんか頭がすごく整理される。
今の自分、なんだか混沌としてて、なんでかって思うと、
「やりたいこと」と「やるべきこと」がごっちゃになっているからなんだと思う。
かなり昔に読んだ村上春樹の小説にあったけど、
「紳士とは、『やりたいこと』ではなく『やるべきこと』をする」。
でも僕の人生では、『やるべきこと』ではなく
『やりたいこと』を優先してやっていきたいと思う。
そういった生き方の末にどんな未来が待っているか分からないけど、
これは自分を使った実験。
結果がどんな方向に向かおうと、
その経験は、きっと自分の子どもに活かせると思う。
又聞きの経験ではなく、身をもった経験を。
ちなみに僕の今携わっている「やるべきこと」は
ソーシャル系の活動や教育に関する活動。
「やりたいこと」はデザイン・アート系の仕事。
これからはもうちょっと後者に力を入れていきたいと思う。
それとね、本から学ぶのではなく、人から学びたいと思った。
本からの学びは静的で、広がりがあまりない。
人からの学びは、動的で、広がりがあって、何よりも楽しい。
人からいろいろ学びたい。そんなこんな思った。
にしても、やっぱり社会は歪みまくってると思う。
この国で社会人として大成することは、
動物的である自分を捨てて、機械的自分になるということなんだと思う。
つまるところ。
動物→人間→機械の進化とでも言うんだろうか。
無駄を無くして効率化。
欲を捨てて理性的に。
自然を捨ててビルの中に。
感情の起伏を捨てて、常にポジティブに。
そんなん不自然すぎる。
僕らの世代は、
そういったことをひっくり返すために時間を使うべきなんじゃないかな?
「会社のため」とかではなく、今の流れをひっくり返すために
僕らというリソースを使う必要があるんじゃないかな。
そんな感じかな。思ったことは。いいたいことは。
ちょっと考えが整理された気がする。
理想を体現するために僕らは生きている。
でも理想を追ってばかりじゃ生きていけない?
お金にならない?
生活できない?
そんなことはない。
個人の理想は、社会の理想。
(その「社会」は小さい場合もあるかもしれないけど。)
それを体現するということは、
社会的な価値があるということ。
そこから対価は生まれる。
理想を価値化するために、僕らは学んできた。
社会に適合するために学んできたんじゃない。
とことん理想を追求したい。
そうやって、生きていきたい。
いや、生きていく。
これに尽きる。
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