びんたくの麻雀夢想録 -9ページ目

びんたくの麻雀夢想録

麻雀の打ち方とか技術とかには興味がない。
それもよりも「麻雀」という遊戯について
違った視点から語ります。

麻雀格闘倶楽部の流行よりコッチ、SNS全盛の今、ネット麻雀が
本当に沢山ありますな。
同倶楽部から始まり、草分けの東風荘、ハンゲーム、MJ、天鳳、
近麻オン、雀龍門…挙げだしたらキリがないし、さらにmixiやら
AmebaやらのSNS内にもあるし…。
概ね面子はダブってんだろうけど、それにしてもこれらを麻雀人口
に加えると、とんでもない数値が弾き出されそう。

でも、リアルは減退の一途…なぜでしょう。
色々な説はあるんだろうけど、ぶっちゃけ金使ってまでやるゲーム
ではない。というところでしょうか?
賭けないまでもリアルだと金掛かりますからね。
そりゃ、セットだと面子集まらないとか、フリーだと怖いとか、
競技だとコミュニケーションという点では不足だとか、率直に
点数計算面倒くさいとか…でも、やっぱり金使うことではないか。

お台場だかにカジノ作るとか作らないとかって話出てますけど、
外国人誘客目当てだと、やっぱり他国に在るような同じようなカジノ
になりそうだけど、そこは日本の独自コンテンツも採用してほしい。
パチンコとか麻雀とか。
いや別に賭け麻雀推奨するつもりはないですけどね。リアルの競技
人口を公営的に増やすことができるなら、素晴らしいことだと思う。

麻雀について現況の在り様を文句たれることが多いですが、結局
ニーズがないと何も変わらないんだと思う。
ネット麻雀で留まらず、リアルに足を向かせることが出来れば、
もちろん向かせるためには相応の場を設ける必要があるだろうけど
そういう場に多様性を持たせることも、競技人口を増やさないと
難しいでしょうから。

…それにしても、ネット麻雀ってナゼあーも悪意的、牌操作的に
なってしまうんでしょうかねぇ…キルトクールとか親リーチ後の
明らかな危険牌放銃誘導ツモとか…
ルーチンがどうとかいう問題じゃないんだと思うんだよねぇ…
賭け値なしに完全自然体ランダムって構築無理なのかなぁ、やっぱ。
あけましておめでとうございます。
だいぶ忙しくなってきて、ブログどころではありませんが
麻雀ブログなのに正月スルーもどうかと思うので何か書こう。

普段無宗教で神も信じない奴らが、正月になると初詣で願い事。
そして運試しかなんか知らんが、麻雀は年末年始に打つ奴が
多い。サンデードライバーならぬ正月雀士。

遠方の実家へ帰参して、旧友達と久しぶりの麻雀って輩も居るし
親戚一同集って、親族麻雀ってのもいるのかな。
最近はこの両者は減少傾向だと思うけどね。
どちらといえば、正月も実家に帰らず、特別用もない正月休みを
無為に過ごして、暇つぶしにパチ屋や雀荘へ出向く…ってのが
本筋だろうか。

俺はそういう生き方をしてみたいとは思うが、ない物ねだりか?
毎年正月休みは妻実家と自身の実家へ挨拶へ出かけ、妻実家が
催す正月温泉旅行に半ば強制連行されて終わる。
正月の温泉宿は必ず一組以上の集まりが、娯楽室の全自動卓で
麻雀三昧。
俺も一度はやってみたい、年末年始に温泉宿で一泊しつつ、
掛け流しの温泉に浸かって、あびるほど酒を飲み、その勢いで
全自動卓で麻雀…サイコー!

思えば、俺という人間が麻雀を本格的に楽しみ始めたのは、
小学6年の時の元旦の親戚筋の新年会。
長野県松本市に親族が集中しているので、曾祖母(今は亡)を中心
にして松本市内の浅間温泉の温泉宿に一族郎党投宿し、飲めや
唄えの大宴会。
そんな中、お年玉を親族全員から徴収し終わった、俺と従兄弟達
は、お年玉を握り締めてロビーカウンターへ赴き、娯楽室の
半自動卓を1卓借り上げて、いざお年玉を賭けて闘牌!
役とルールは完全だったが、全員点数計算は出来ない。
したがって、1翻1000点、2翻2000点、3翻3000点、
4翻8000点…というとんでもない計算方法で東南戦後に
1点1円、つまりデカピンで精算!!!
1戦目は平和に(?)終わったが、2戦目の途中で面子4名の両親が
突入して現場押さえられてあえなく終了…。
もちろん戦前の状態にお年玉は戻され、戻されたお年玉は全額
それぞれの両親によって取り上げられました。
ただし、場代(貸卓代)は割り勘でお年玉より徴収。

翌朝、宿代の精算時にカウンターの係の人が「末恐ろしい子達
ですね」って言ってたのが未だに忘れられません。
人間交差点っていうと、弘兼憲史氏の短編漫画集だけど、
私が身近に感じる人間交差点は麻雀。
四角の卓に4人が座り麻雀を打つ。
先ずネット麻雀では体感できない、心理戦の応酬。
(決して手三味とか強打牌とか、そういうことではない)
麻雀はゲームとして十分に完成されており、それだけで
楽しめるツールだけど、この心理戦的な要素が加味される
ことで更に面白い。
ちょっとした表情や仕草(手三味じゃないよ)や、
気合(強打牌じゃないよ)などを読んでみたり、癖とか
気配みたいなものも感じられる時がある。
麻雀の卓上の心理の読み合いは、正に人間交差点だ。

相手の聴牌読みもだけど、逆にヒッカケなども心理を逆読み
して行なわれるものであるから、攻撃的な要素もある。
この楽しさを体感すると、もうネット麻雀では物足りなくなる。
ネット麻雀は相手3人が全員人間なんだけど、遠く離れて
完全に卓上の牌の出入りのみしか見えないからね。
心理の入る隙が一切ない。
それはそれでデジタルな麻雀になりうるのかもしれないけど
私は、そのデジタル麻雀ってのに嫌悪感がある。
牌効率重視でオカルト要素を一切排除すると、私の思う
面白い麻雀を完全否定することになるから。

どんなに非効率であっても、経験則を重視する。
健康麻雀とは一体誰が考え出したんだろう。
いや、その内容のことではなく、「健康麻雀」という名称を。
ノーレート麻雀と混同する人が多い傾向だけど、
飲まない、賭けない、吸わないというのが健康麻雀の三原則。
ノーレート麻雀は「健康」ではないので、単純に賭けないだけ
のはずなんだけど、最近はどうしても飲まない吸わないが
セットになっている。
考えてみれば「健康」であれば良いのだから、飲まない吸わない
ならば賭けるのは構わないようにも思えなくもない。
とにかく、スモーカーの私としては、ノーレート麻雀は大賛成
なんだけど、イコール健康麻雀であるのは望ましくない。

たしかに、飲み屋と同じでどうしても麻雀打ってると本数が
増える傾向にあるので、以前ノーレートフリーで打ってた頃は
やばいぐらいの喫煙量であったが、今通ってる店は健康麻雀
なので、麻雀してても喫煙量が増えずカラダへの負担は少ない。
良いことのようにも思えるのだけど、やっぱり聴牌タバコって
美味いんだよなぁ…。
すみません、本日少々お疲れでして天声人語的な書き込みはしません。
ただ、久しぶりに気の合う旧雀友でセット予約しました。
ウチ2名は現在某雀荘を根城にした麻雀サークルの運営側の人間なので
色々と情報を共有して、こちらで勝手に評論させてもらおうかと…

ちなみにこの旧雀友は、当初フリーでたまたま同卓しただけの人間です。
段々と馴染んできて友となりました。
麻雀以外のネタも語りたくなったので、テーマを追加して語ろうと思う。

最近、お騒がせの食品偽装表示事件ですが、土地ブランドはアレに抵触
しないのかしら?
「土地ブランド」って勝手に造語しましたが、つまりアレです、んーっと
例えば、「新宿中村屋」とか「自由が丘亀屋万年堂」とか「銀座コージー
コーナー」みたいな奴です。
店舗名だから発祥地が付いてるだけで問題ないといえば問題ない気もする
けど、例えば「新宿中村屋」といえば、私はカレーのイメージが強いです
が、どうでしょうか?
でも、まぁ当然といえば当然なのかもしれませんが、「新宿中村屋カレー」
は新宿で作ってはいません。
どこで作ってるかといえば、神奈川県座間市
一般的にフリー麻雀は賭ける(って言っていいのか解らんが)遊びってことになってる。
でも、ただ稼ぐという意味では、ギャンブルの中で麻雀は非効率というか、殆ど稼げない。
稼ぐつもりでやるなら、競馬とかパチスロとかの方が圧倒的に稼げると思うので、
多分現在の一般的なお店でフリー麻雀してる人たちは、稼ぐつもりはないのではないか。
だとしたら、麻雀というゲーム自体を楽しんでるということになると思う。
真に楽しむだけなら賭ける必要がないと思うのだけど、少し賭けてた方が目的意識が沸き
楽しめる…というのが大体の方の意見。
解らんでもないのだけど、それが金銭である必要はないとも思うし、仮に金銭だとしたら
ゲーム代に上下を付けるとかでも良いのではないか?
実際自分は後者のシステムを採用してる店で遊んでます。
最近はだいぶ浸透してきた感があるノーレートフリーって奴です。
パチンコパチスロもデフレの一環なのか解りませんが、1パチとか5スロなんてのが
出てきてますので、麻雀の世界も同様なのかと。
でも麻雀は二極化が進んでるように思えます。点ピンでご祝儀色々なお店とノーレートと。
麻雀って賭ける必要あんのかなぁ…
いわゆるフリー雀荘で完全にフリーで一人打ちを続けている。
以前は(今とは違う店だが)卓を通じて気のあう仲間が出来たりもしたが
今の店では、そういうこともない。
自分の麻雀を、あとで振り返ることもあるが、それは本当に自分だけの世界
で誰かの共感を得たり、共有することもない。
単に麻雀を楽しむだけなら、それはそれで問題ないのだけど、なんとなく
最近孤独や虚しさを感じる時がある。
こういう感覚って、どこぞのカウンターだけの飲み屋で独り呑みしてるのと
同じような感覚。それが気にならない人も居るんだろうけど、俺は少し辛い。

だから、ブログ始めました。だから完全公開します。別に議論したいとか
評論を受けたいわけではありません。結局読んでもらうことも自己満足にしか
ならないんだけど、ひっそり共感してもらえるような人が居たら、それで良い。
よく、上達って言葉を使うけど、麻雀の上達ってなんだろ。
点数計算だとか基本的な、たとえば牌効率とかってのはありだけど
それ以上は多分ない。
その手その手は最高形とか最上形とかあると思うけど、
麻雀そのもののレベルは、最初っから上下はない。というのが
個人的主観だ。
いつでも、その時が最上であり、その上ってのはないんだと思う。