爪刻む足もとに来て蟹可愛  風生


平家蟹は瀬戸内海に多く生息している事にくわえて、

甲羅の模様が悲しみと恨みに満ちた顔に似ている事から、

平家一門の怨霊伝説として残っていますが、

江戸でも知られていました。


『一門のなる果て蟹と遊女なり』(万句合 安永9年)


『平家がに静御前をはさみに来』(万句合 明和2年)


西国に落ちて行く義経に同行しようとして弁慶に止められます。

その後義経一行の船は平知盛の幽霊に悩まされますが、

浜辺に立ちつくす静御前にも、

平家蟹が襲ったであろうとの意です。


蟹は腐敗しやすく、川に生息する蟹をのぞいて

身近で見る機会は少ないと思われますが、

蟹にまつわる伝説は古くからあります。


日本霊異記(景威選 弘仁年間の説話 810年~824年)の

中巻に似た話が二つありますがそのひとつ、

蟹蝦の命を贖ひて放生し、現報を得る縁 第八に、


『置染臣鯛姫(オキソメノオミタヒメ)は、

奈良の京の富の尼寺の上座の尼法邇が女なり。

道心純熟にして、初婬犯さ不』


という清らかな娘が山菜を採りに行き、

蛇に飲み込まれている蛙を見て助けようとします。


『是の蛙を我に免せ』 というも蛇きかず、深く考えず

『我、汝が妻と作らむが故に、幸に吾に免』

と蛙を助けた迄は良いが結婚を口走った事におののきます。


七日の当日、

『屋を閉じて穴を塞ぎ』 その夜はなんとか事なきをえますが、

恐ろしさのあまり行基菩薩に祈った帰り道老人に出会います。


『大きなる蟹を以て逢ふ』 

ここでも娘は、蟹を助けようとします。


『(誰が翁ぞ、乞ふ、蟹を吾に免)

(偶にこの蟹を得たり。但期りし人有るが故に、汝に免さ不)』 


天真爛漫、清純無な娘さんは

時には平気で人を傷つけたりしますが、

思い一途に老人の前で着ている物を脱ぎ捨てます。


『(猶免可さ不)といふ』 そこで娘は思いつめ、

『復裳を脱ぎて贖ふ』 とあります。


復裳とは腰にまとった衣服です。

老人に裸を見せて蟹を助けます。


助けられた蟹が、その夜襲ってきた蛇をづたづたに切り裂いて、

娘を救ってくれます。


老人は聖の化なることをと結んでいます。