そう、コーヒーじゃなくてカーフィーなんだ。
別に特別に好きということではないんだけど、セブンのコーヒーをよく飲む。
前にも書いたような気がするんだけど、要は何を食べようが何を飲もうが腹に入れば極論同じだと思うんだ。そこに何で好きとか嫌いとかあるのかは色々な経路を通ってそうなったんだと思う。
つまり、セブンのコーヒーが好きなのは、安くてセルフで入れるからということが1番の要因なんだ。そして美味しい。ただそれだけなんだ。
巷にはカフェがたくさんある。でも値段が俺の感覚からすると高すぎる。セブンのコーヒーを公園のベンチに座りながら飲む幸せを知ってしまった以上、もうカフェには戻れない。
と思う時もあるけど、カフェで本でも読みながら、親友と話しながらゆっくり飲むコーヒーも好きだ。
要は例えば、好きなことは何ですか?と聞かれて、「寝ること」って答えたとしよう。だとしても、好きなことが寝ることだからといって、一年中寝ているわけではないということは想像できると思う。
多分勘違いがあるんだ。それは単純な理由なんだ。よくしていることを好きなこととして認識しているだけであって、好きだからよくしているわけではないんだ。もちろん好きだからよくしている場合もあるけど。
受験勉強を毎日やっている人が、必ずしも勉強が好きなわけじゃないように。
つまり、好きということは別に時間の長さとは関係ないと思うんだ。
だからこういうことなんだ。俺は相撲観戦が好きだけど、毎日観ているわけではないんだ。でも好きなんだ。もし1年間相撲を観なかったとしてもきっと好きなんだ。
ここまでで好きということが少しずつ浮き彫りになってきている。ほんの少しずつ。
でも少し文章を書くのに疲れてきた。
要は、阿部監督がなんだかニュースに出てた。監督を辞める事態になった。松ちゃんは相変わらずテレビに出ない。犯罪を犯した芸能人が出てるドラマは再放送されない。それって当たり前なのだろうか。
この世に絶対的な正義も悪もあるとするならば、まだ理解できる。でもそうじゃないということは歴史が証明している。
そう、ラグビーでは試合が終わったらNO SIDEなんだ。だけれども、お金持ちの人が偉くて、貧しい人は偉くないということがまかり通る社会が確実に存在してるんだ。そこには人権なんてないんだ。それが答えなんだ。でも、それは一部なんだ。一部の社会をコントロールしている側の人の社会ではそうなんだ。その人達の影響力は凄まじいものがあるんだけど。
でも1つの望みがあるとしたら、愛と勇気。これさえあれば大丈夫なんだ。
戦争は起こっている。人々は殺し合う。なぜなんだ。分からない。どうすればいいのか分からない。悩む。苦しい。つらい。恐い。無視すれば楽になるのだろうか。いやできない。自分に何ができるのかは分からない。きっとないかもしれない。それでももがき続ける。その先には何もないかもしれない。だけど、進む。それが答えだ。
今日もありがとう。またね〜。