こんばんは。
たっちゃんこと田窪恭子です:)
今回amebaブログを始めようと思ったのにはネルソンさんを筆頭に
いくつかの出逢いが重なったおかげ、と前の記事に書かせていただきましたが、本当にそれで。
最初NGOのボランティアプログラム5日間、それが最初で最後と思っていたカンボジア生活が
二回目は卒論の研究で二週間
そして三回目は就活と様々な立場からカンボジアと関わる方にお会いし、自分の生き方を考えて一カ月
今年だけで3回ほどカンボジアへ行くことができました^^
その三度のチャンスをいただけたのは、今もなお世界中のいろんな場所で
私の大切な人たちと出逢えたから
そして周りの人のサポート、家族の支えがあったからこそだと、今になって思います。
カンボジアでの1ヶ月を書く前に、
なぜカンボジアのシェムリアップで卒論を書こうと思ったのか?
卒論を書かせていただけることになったのか?
ちょっと書いてみようと思います。
カンボジアという国に初めて訪れたのは今年の初めのことでした。
その当時、4年に無事(笑)進級が決まり
友人とカフェで他愛無い話をしていたところ
「子どもと関われるイベントないかなぁ~」
と携帯を眺めていた友人に
「ねぇ、海外の子どもたちと関わってみたくない?」
とふってみたところ
「みたい!みたい!」
「だよね!」と話が盛り上がっちゃって(笑)
「せっかくならその国の事もわかって、子どもと関われたら最高だよね!」
という直感とノリで、一時間もしないうちにスタディツアーの予約を終え、あっという間に当日がやってきました。
キリングフィールドやアンコールワット、地雷博物館、シルクファーム、トンレスアップ湖、農村訪問、孤児院、小学校、日本語学校…
たくさんの場所を見て、触れました。今までの観光とはわけが違いました。
キリングフィールドでは山積みになった頭蓋骨の山、地雷博物館はさまざまな被害写真と地雷、蚕の糸を紡ぐ姿、湖での生活、雨水の入った壺の水を飲む少女、型の違った制服を着る子どもたち、ワンダラーをせがむ少年、現地のガイドスタッフのLengさんから教えてもらうアンコールワットやカンボジアの歴史・・・ひとつひとつが感じるものばかりでした。
一緒に活動を共にしたい多くの仲間や、素敵な出逢いの数々、素敵なガイドさんとの旅
大好きな子どもたちとの楽しい思い出でいっぱいになりました!
子どもたちとサバーイ(=楽しい)、チュガンニ(=美味しい)、クダウナッ(=とても暑い)、ソゥスダイ(=こんにちは)など簡単な言葉を使って話すたびに、距離が近くなったようで嬉しかったのを覚えています。笑った子どもたちの笑顔、抱きしめたいほど愛おしかった。
そして、わくわくどきどきした感動と同じくらい自分のもともと思っていた
ボランティアそのものの先入観を、批判的に感じてしまう自分も見つけました。
日本語学校(国際日本文化学園)でのことです。
国際日本文化学園の先生に授業時間を1時間いただいて、私たち参加者が自発的に活動の場をいただいたことがありました。
今思えば、情けない話ですが、私はそのグループのリーダーという立場だったので、グループをまとめる必要があったのにも関わらず、どう組み立ててよいのか右も左もわからず、ただどうすればよいのかと考えるだけで時間が刻々と過ぎていっていました。
【今回の方々は観光に来られたのでしょうか】という言葉を、いただきました。
その言葉におしりをたたかれたように、授業をどうにかみんなで試行錯誤し、協力することによって1時間の授業を終えることができました。
私の大好きな音楽の授業でした、音楽を専門とする仲間と先生のフォローのおかげで作れた1時間をかみしめました。
【観光に来られたんでしょうか?】
その言葉が耳から離れず、胸がぎゅっとなりました。
孤児院に訪れた時のことです。
麦わら帽子をかぶったカメラを提げた女の子が一人で孤児院に来られていたので、ほんの少しお話をしました。
それが、カンボジアで仲良くなった真菜との出会いです。
その日は、彼女自身が数週間前に私たちと同じスタディツアーに参加し、すぐにまたこの場所に来ていました。
彼女とは、その時ほとんど話をせず、私は孤児院を後にしました。
一人でこんな地図もない場所に、足を運ぶ彼女の姿に圧倒され、そして戸惑いました。
大好きになった子どもの笑顔と、彼女の麦わら帽子が頭の奥にずっと残っていました。
【このもやもやは、いったいなんなんだろう・・・】
日本に帰国して、数日が立ちました。
日が経つにつれて、私の中のわだかまりがどんどんおおきくなっていきました。
【観光客ではない距離で関わらずして、ボランティアと言えるの?】
【何故彼女は1人単身で、こんな危ない場所へと足を運んで再び彼らに会いに来たの?】
スタディーツアーはボランティアではないの?
そもそもボランティアとは、なにをもってボランティアなの?
子どもたちの笑顔の先は、なんなんだろう?
頭の中にぐるぐる疑問が浮かんできました。
あっという間にカンボジアでの生活は終わり日本に帰る飛行機の中、頭の中でぐるぐる同じことを考えていました。
そんな時でした。
携帯のムービーを見直していた時のことです。
【アラピヤっていう曲です】
スタディーツアーの中に組み込まれていた、彩さんのTalk Liveでした。
体にびりびり電気が走ったのを今でも覚えています。
私の尊敬する女性の、子どもたちと一緒によく歌うと紹介をしていただいたカンボジアの歌でした。
難しいことを考えるより、その人の近くでたくさん感じたい!!!
思い立ってすぐ連絡を取りました。
優しい彩さん。なんと、お忙しい時期にもかかわらず卒論研究をさせていただけることになりました。
私は嬉しくてうれしくて、、、
またカンボジアに行くんだ!子どもたちに会うんだ!
カンボジアのことをもっと知って、子どもの笑顔をたくさん見たい!!
再開するんだ、彼女たちと!!
人懐っこいバニーに世話好きなおねいさんのナビ、この子たちにただ会いたくて
それから4カ月後、また私はわくわくどきどきした気持ちでシェムリアップへと向かうのでした。
そんな風に意気揚揚と二度目のカンボジアへ旅立ちを決めました。それが今年の4月の事です。
*今日のクメール語 : nhornhum ニョニュム 意味:笑顔(えがお)






