なにから話せばいいだろう。

結婚して5年になることか、家からいちばん近い産婦人科で、だらだらと1年弱タイミング法にかけてしまった時間をいつまでも後悔していることか、

2度、体外受精をして、その2度とも流産したことか。


インターネットで表示される情報はどこまでも直接的で、現実的で、乾いていて、いつの間にか私の思考もそうなっていったように思う。


マタニティマークがひらひらと揺れているのを見ると、はらわたが煮えくり返りそうになる。どうにか視界に入らないように、その背中を追い越すように早歩きになる。

産休に入る同僚の他愛もない会話を、作り笑いと大げさなまでの祝福でやりすごす。

芸能人の妊娠や出産の発表のネットニュースに、何度も「興味がない」をタップして、妊娠初期に登録した『たまごクラブ』のダイレクトメールを開きもせずゴミ箱に入れて、吐きたいような気持ちになる。

いっそ、このすべてを吐き出せればいいと思う。



SNSやブログで妊活に励む人たちの文字はなんだかカラフルなことが多く、彼女らは感情豊かで、悲しみ、喜び、前向きで、でも本当はきっと、その顔文字にあらわれる何倍もどす黒い気持ちでいるのじゃないかというのは、私の勝手な想像だ。


でも、やっぱりそうなんじゃないかと思う。

それぐらい、絶望にみちている。

子どもがほしいのに、子どもができない日々というのは、女のひとの感情を、錆びた刃物でずっと、密やかにえぐり取っていくようだ。



見栄を張りたかったのか、心配をさせたくなかったのか自分でもわからないが、不妊治療をひた隠しにしていた実の母親には、2度目の流産でようやく、そのことを伝えた。

母は「そんなに、願っていたんだね。」「ずいぶん、頑張ったんだね。」といった。

そのときになって、私はようやく「願って」いて、「ずいぶん頑張って」きたのだ、と気づいて、手術後よりもずっと、嗚咽がとまらなかった。



不妊治療というのは、次のスケジュールが決まっていれば、まだ正気を保つことができることがものだと思う。

日に検診、×日に採卵、次に生理がきたら、その3日目に・・・のように。

前に進んでいる、という実感さえあれば、歯を食いしばりながらも、まだその日々を耐えることができる。


今私がここまで落ちたのは、

不育症検査の予約ができたのが1ヶ月も先であることや、

流産手術後、子宮に残留物があるかもしれないといわれ、無事に生理がくるかもよくわからないこと、

何もできないもどかしさとぽっかり空いた時間、そしてその時間の進み方が、信じられないほど遅いことによるのだと思う。


月曜日から金曜日までぜえはあと働いて、

ようやく土曜日を迎えて外出する私を迎えるのは、平日には姿を見ないベビーカーや子どもたちであふれる光景。

大きいお腹をさすっている妊婦も、おそろいの服を着ている仲の良さそうな男の子のきょうだいも、際限なく膨らみ続ける被害意識をもつ私には正に地獄の光景でしかなく、

そのような場所を避けるうちに、いつの間にか週末が終わっている。



もうとっくに、よくわからなくなっている。

なんとなく描くような「子供がほしいな~」というふわふわとした気持ちとは全く異なるものになっている。


この地獄からはやく解放されたい。ただそれだけ。


どんなときでも暗い曇天のようなこの最悪な気分から、1日でもはやく抜け出したいだけ。