- 前ページ
- 次ページ
たまに何だか悲しくて仕方なかったりして
どうしても笑顔を見せれないときがあります。
理由は・・・
となると
車の中で聞いた悲しい歌に
捕まってしまったとか
言葉にして説明すれば
呆れられるほど
どうでも良いことの時もあります。
でもそれは
単なるきっかけに過ぎなくて
きっと
ずっと
ずっと
悲しさを
感じていたからなのだと思います。
私と日常を一緒に
過ごしてくれている人たちは
そんな
微妙な
私の心の揺らぎを
繊細に敏感に
感じ取り
気づきます。
できるだけ
大切な人たちに
心配をかけないようにと
自分の気持ちの
説明を心がけたいと思っても
それが、
「起こったこと」から
生まれた気持ちの時は
できても、
「これからのため」の
気持ちの整理の時には
なんとも
訳のわからない
説明になるのです。
いえ、
説明すら
できないのです。
私自身ですら
なぜ悲しいのか
わからないのですから。
だけど
大切な人たちは
紛れもなく
私の心の揺らぎを
感じ取っている。
なんとか笑顔が戻るようにと
できることを
探してくれている。
でも
やっぱり
笑顔が自然と戻るまで
ゆらゆら・・・
愛する人たちの
気がかりを
どこかで感じながら
訳のわからない
悲しみを感じるきる事しか
選べない
少しかたくなな
自分を知ります。
ある人から、私のブログについて感想をいただき(^^)
何年も放置していたのですが、
書きたい気持ちがたまったときに
備忘録代わりに書いてみようと思いました。
昔、はやった歌の歌詞に
「愛のきびしさ」という表現があり、
心にスコンと落ちました。
別に恋愛に限ったものではなく
より広い意味で。
どんなに苦しくても
やめてしまいたくても
投げ出したくても
愛しているときは
それができないようです。
とてもとても
困難で苦労を伴うことでも
その苦労の多い道を選んでいる自分を知ります。
「どうしても投げ出せないんよ・・・・
できないんよ・・・・・」
あまりの苦しさに泣きながら
そう言ったことがありました。
「それはあなたの強さですよ。
気づいてくださいね。」と
静かにまっすぐに
私に教えてくれた人がいます。
とても久しぶりに書いてみました。
いろいろあり、疲れているはずですが
少し書きたい気持ちになりました。
ご機嫌でいようと心に留めていると
周りの人が不機嫌でも
私はご機嫌でもいいんだなと
思うのです。
自分が穏やかな気持ちで日々を過ごすことを
自分に許す。
私にとっては
今までなかなか気付けなかったことであり
自分に許せなかったことですが
いいんだよねと
もう一度
自分に確認を ^^
しています ^^
少し眠たくなってきました zzzz