今 私の中に小さな迷いがある。

どうでもいいような、   それでいて "どうでもいい" に したくないような。

 

北浜、光の入る事務所に移転して3年が過ぎた。

日の出から日没まで光が入る。

3年の時を経ても光が入る嬉しさは変わりがない。

 

加えて昨年、私の大事な心の妻 Sちゃんに"サンキャッチャー"を頂き、朝に夕に その虹色の光の星群の中で小躍りしている。

 

そんな事務所を包んでくれているのは集合住宅。

集合住宅ゆえ、公共部分の掃除が管理費の中に含まれている。

移転した当初から中年男性(多分自営だろう)が、一人で早朝6時位から公共部分の掃除を土・日・祝を除く毎日掃除されていた。

 

人の仕事ぶりというのは業者が変わった時によく分かる。

6月終盤位から若い男性二人が掃除をするようになった。

時間も8時過ぎ位からだろうか。

 

「おはようございます」  朝のあいさつ、愛想は良い。

愛想は良いが掃除の質は 「良い」 とは言えない。

 

7月に入り、非常階段や その踊り場に砂埃が目立つようになった。

風に舞ってきたのか埃やゴミが溜まりだしてきた。

 

当校TACは非常階段の横にあり嫌でもそれが目に入る。

汚いなぁ、と思っていた。

皆々の部屋の前の廊下の溝にも、紙くずやゴミが溜まりだしている。

 

彼ら、モップを持って廊下を拭いてはいる。

しかし細かい部分は気がつかないのか、ほったらかしにしているのか。

 

 

そのうち してくれるだろう、  甘かった。

 

堪えきれず、箒と塵取りを持ち行動に移す。

溝の取り切れない部分は指で掴んで捨てた。

 

うん、奇麗じゃないの!!

奇麗になったスッキリ感。

同時に 暫くしたら又汚れるんだろうな、目に見えるようである。

 

これ、管理人さんに言った方がいいんだろうか。

それとも彼らに直接 言った方がいいのか。

 

どんな小さな事も揉め事に発展しないとは限らないから、何かあったら管理人を通してほしい、言われている。

 

 

もう一つの手段として、汚れる度に私が掃除してみようか、とも思っている。

いつか、若い二人は気づいてくれるだろうか。

そこに気づける人は、ただ作業をしているだけ、使われているだけの人間で終わる事はないんじゃないか。

 

おそらく彼らはバイトだろう。

以前の中年の男性は自営であろう。

自ら売り上げを掴み取らなければならない。

クレームがあれば切られてしまう。

それが分かっているから丁寧な仕上げが出来ていたのだろう。

 

何故 業者が変わったのか分からない。

しかし、確実に掃除の質が落ちた。

"負う責任"、というものの差だろうか。

 

 

今、私の中に "どうでもいいような" 「小さな迷い」 か゜ある。

 

6月初めの火曜日、Tちゃんの誘いかけで比叡山・延暦寺登りをした。

琵琶湖を右手に日吉大社から。

 

後から気づいた事だが、京都からの登りもある。

まっ、そうだわナ。

滋賀と京都に跨っているのだから。

 

知識が記憶として定着するには、このように 「体験する」 と言う事が必要なのかもしれない。

 

 

京阪電車、この日に限って萱島で人身事故。

過去、京阪でこの様な事情で"遅れ"に出会った事、一度もなかったなぁ。

1時間待ち。  結構 時間取られている、よね。

 

 

生きていれば色々ある。

背負いきれないもの、降ろしたくなる事もあるだろう。

自殺をヤイの、ヤイの言う人がいる。

良い悪いで判断する人がいる。

しかし、疲れ切った その人が最後に下した決断、大切にしてあげても、と、私は思う。

何もなければ自ら 逝く ような事はしないのだから。

 

でも、誰だか分からない アナタ。

アナタ は自分の人生思い通りに生きれなかったかもしれないが、最後に一瞬にして多くの人達の時間を たった一人で左右した。

何千人かの時間を奪った。

それって、ある意味 すごい、よ。

 

 

話を戻そう。

そんな訳で大幅に遅れ出発。

坂本駅に着いた時、既に昼1時30分。

山を登るのに2時間ほどかかると聞き、軽く腹ごしらえを。

 

駅近くの お蕎麦屋さんへ。

どっしりとした造り、時代を感じさせる。

うーん、ちょっと いい感じ。

けど、蕎麦は、、、残念であった。

 

いよい比叡山登りに。

日吉大社の石段を登って行く。

結構ある。

まずは、ここで試されている?

この程度も登れないようなら引き返せと。

 

行けども行けども続く石段、ウンザリしてくる。

もう十分、飽きたワ、という頃に山肌が。

山らしい登り。

少し行くと空気が違う。

木々が酸素を放ってくれるせいなのか汚れていない感じがする。

 

折れた大木、雨で流され削り取られた地面。

放射状に伸びた根が美しい。

 

自然は美しさと逞しさを併せ持つ。

上に向かって伸びていくには土台がしっかりしていないとダメなんだ。

上は迷わず一方向、下は360度に向けて。

これって生きていく事にもつながるんじゃないか。

何も語らない樹木が語っている。

 

どれ位 登っただろう。

気温が急に変わる。

ヒヤッとする。

空気が美味しい。 余計なものが入っていない。

そして、足が重くなってくる。

しんどい。

水分補給をしながら、二人やや無口に。

 

しんどいと不機嫌さが誘いをかけてくる。

どこにも八つ当たり出来ないしんどさは、怒りに変わりやすくなる。

 

しかし、自然とは偉いもんでギリギリになりそうなところでフッと優しさをくれる。

 

カカカカカッ、カカカカカッ。

キツツキ?

比叡山にキツツキ生息している?

すぐ傍にいるのに姿は見えず。

見たい、見たいよね、この鳥!!

どんな鳥やろ?

 

好奇心 満々の時 しんどさを忘れている。

つくづく人間、いや私は気分で生きているんだなぁと、これを記しながら今 感じている。

 

ようよう延暦寺に到着。

が、ここが山頂ではない、これもその時に知った。

山頂制覇は次回に。

 

 

釣鐘、1回百円。

この鐘が 「ゆく年くる年」 で突かれている鐘?

Tちゃん、今年 見といてな。

 

ゴ~~ン~~。

音の中に入る。

釣鐘が高いためか今一つ。

すっぽり包まれ音を体感したいのに、踏み台らしきものも無い。

 

続けてTちゃん、ゴ~~ン。

彼女も鐘の中に。

とたんに音が変わる。

 

えっ、えっ、 何、これ!!

二人になると音が低くなり深みが出る。

二つの肉体が音を吸収するのか、吸収されない音が空間を回るのか。

Tちゃんにも味わってもらいたい。

一人の時と私が入った時の違いを感じてもらう。

Tちゃんもビックリ。

 

ねっ、ねっ、不思議やねー。

私達だけ体感するの勿体ない。

みんなにも教えてあげたいよね。

次、みんなと来て全員で入ってみようか。

どんな音になるんだろ。

興味が高まる。

 

物理に詳しい人なら、それは○○で、と説明してくれるだろう。

だけど、、何も知らないからこそ、驚きやビックリや嬉しさが味わえる。

なんで、なんでーって、子供のように。

ワクワク出来る。

こんな時って、「知」 が邪魔になるのかもしれない。

理屈を知らない者の負け惜しみかもしれないが、、。

 

音の満足に触れ帰る事に。

下界に近づくにつれ空気が変わる。

澱んでくるのが分かる。

登りは美味しいと感じた高さのものが、戻りになると "澱む" を感じる。

人はいかに環境に順応するようになっているのか、しぶとい哺乳類なんだろう。

 

山登りしたいと思いつつ4~5年。

登ると (あくまで気持ちの上ですよ) 毎日でも登りたいと思う。

ただ、山に着くまで時間がかかり過ぎる。

乗り換え、多くの人達、それだけで疲れてしまう。

 

だから、だから市長さん、大阪市内に 「山」 造りませんか。

寝たきりの高齢者を増やさないためにも。

 

「そこ」 に山があれば気軽に足腰鍛えられるはずだから。

だから、ねっ、市長さん・・・。

時折、、

時にしょっちゅう読み返す雑誌がある。

既に廃刊になってしまっているが、結構気に入っている。

 

セオリービジネス・2008年版 「使える日本語」 を読み直していた。

 

ある会社の社長の話。

30代半ばで奥さんと別れる時、「私からの最後のプレゼント」 と 、"星の王子様" を手渡されたらしい。

粋な奥さんだと思う。

社長が真意を理解されたかどうか、理解されたものが奥さんが伝えたかった事なのか それは分からないが。

粋な奥さんを理解できなかった彼、非常に勿体ない。 と思うのは気のせい?

 

 

"星の王子様"

ものは心で見る・肝心な事は目では見えない

 

あまりに有名なこのセリフ。

雑誌から ちょっと浮気。

"星の王子様" 読み始めた。

前回 (2年位前だろうか) 読んだ時、この後に続く

「バラのために費やした時間の分だけ バラが君にとって大事なんだ」、 此処に目が、指が止まった。

 

"何か" に費やした時間の分だけ、その "何か" が大事になる。

何が大切なのか分からなくなっている時、今 何に 一番時間を割いているのか、それを洗い出せば見えてくるかもしれない。

 

マラソン・山登り・映画・旅行・読書・カラオケ、云々。

そこに、どんな答えが出てこようとも。

 

そして、今 こうして書いてみると、私的時間を何に使おうと自由な国に住んでいる、と言う事を再認識させられる。

そうなんだよなぁ、何に使おうと自由なんだよなぁ。

育児中で、それどころではない・病気で体の自由が利かない、等 特別な人を除いては。

 

一番時間を割いているもの、、。

例えば ダラダラ テレビをずっと見ている、ゲームを延々している、5~6時間位、もっとかもしれない。

いや、別に見たいわけじゃない他にする事もないし、ヒマやし、、。

ラクやし、、。

 

そう、正に そこ。

テレビが大切なんじゃなく "ラク" な状態が大切なんだ。

今の自分にとって。

 

時間を何に使っているかで、自己分析が出来る。

これは 面白い。

 

 

サンテグジュペリは こう言っている。

 

子供だけが自分が何を探しているか、知っている。

時間をかけたものは大事なものになる。

子供は運がいい。

人間は急行列車で走り回っているけれど、何を探しているか自分でも分かっていない。

ただ、忙しそうにぐるぐる回るばかり。

無駄な苦労だよ、、。

 

こうしてみると、彼は時間に拘っていた、と感じさせられる。

44年の短い生涯、彼が大切にしていたものは何だったのだろう。

 

子供のままの感性を失わない事

大事な事に時間を割く事

目に見えるものだけに心を揺らされない事

 

 

目に見えないもの・・・。

って、何だろう、、。

 

冷静な判断や評価を下せていない、と言う事だろうか。

同じ言動をとっても、好ましい人と嫌いな人とでは受け止め方が違ってくる。

 

「お疲れ様です」

 

好ましい人に言われたら、、

ホットし、あー、やっぱり○○さん 優しいわぁ。

 

嫌いな事に言われたら、、

なんや、偉そうに、、と ムッとしたり。

って、なっていないだろうか。

 

自分を気持ちよくしてくれる人を 「ええ人」 と思いがちになっていないだろうか。

 

 

サンテグジュペリさん、貴方 なかなか小粋な宿題を読み手に残してくれましたね。

 

今回、惹きつけられるというより  貴方自身の想いに触れたい、その事の方が強く残ってしまった。

 

 

よっしゃ!!

次、6月の "心・カフェ" これで いこ!!

皆に問いかけてみたい。

参加して下さる "各々方" は、どんな言葉を発して下さるのだろうか。

2ケ月ぶりのランチ会。

 

山と海に挟まれた街、神戸で毎月開催されている。

おだやかな笑顔で人を包む、「手品の出来る司会者」、マイケルさんが主催者されている。

 

この手品、

「上手に しはーるやろか?   大丈夫やろか」

と、ハラハラさせられる。

しかし、このハラハラ、計算された上でのものなら大した腕ではあるが、、。

 

月によって異なるが、多くて最近は7~8人程度。

まったりとランチを味わえる。

 

毎回 軽く自己紹介。

 

向かう電車の中で考えていた。

 

 

自己紹介・・・。

何を喋ろう・・・。

 

自己を紹介、、、。

 

自己・・・。

"自ら" と "己"

"自ら" が "己" を語る。

客観的自己と主観的自己。

 

"私" を眺めている私が "私" を語る。

 

第3者として自分を見た時、どう感じ 捉えるのだろう。

どんな人間に思うのだろう。

 

他の誰でもない自分とは、、。

自分の特徴とは何なのだろう?

 

 

取り立てて 何もない、な・・・。

語れるようなもの、何も持っていない、な・・・。

 

 

ところで、今まで限りなく様々な交流会・勉強会に参加して来た。

お定まりの自己紹介。

何千人 万を超えているかもしれない。

しかし印象に残った自己紹介ほとんど無い。

覚えていない。   皆無と言えるだろう。

 

なぜなら・・、それらは自分の仕事紹介、会社紹介で終わってしまっている。

時に自慢を延々 等。    「退屈」 である。

 

ビジネス目的で参加されている方は何か繋がるきっかけがあればと、しっかり聞かれているようだが。

 

 

何か、こう "ガツン" と響くようなもの、はないんだろうか。

自分を棚上に載せて言うのもなんだが。

思わず、"何? それ!!" と食いつくような。

 

"その人" しか語り得ないような、何か。

 

何かに挑戦した

命を懸けて何かした

その事に気が付いたら1万時間使っていた、超えていた、等々、、

 

何か、目をギラギラさせて食いつくような語りを。

 

 

日々、おだやかに過ごし何も成し得ていない この身は 「飢え」のように それを欲しているようだ。

 

 

そうか、

飢えている   欲している

 

外から見ようが 内から見ようが 欲している、飢えている。

己を表現するに、どうやら最も近しい状態である、ようだ。

 

けど、これ言ったら

引かれるんだろうな・・・、やっぱり・・・。 

 

上町台地。

 

北は天満橋から始まり、南は住吉大社あたりで終わる12km程の台地。

その中に 「天王寺七坂」 と呼ばれる坂があり、この界隈 神社・仏閣だらけである。

 

その七つの坂を舞台に、作家 有栖川有栖さん、七つの物語を書かれている。

表紙が奇麗な事と、その課題に惹かれ購入。

 

1つ1つの物語の中に 生きてはおらぬ魂 (幽霊) が登場する。

それは、オドロオドロしい描かれ方ではなく余韻を残しながら結ばれている。

有栖さんのロマンチックな性が投影されているのだろうか。

 

美しさ、儚さ、切なさ、憧れ等が盛り込まれた余韻。

 

いつしか有栖さんに興味を持っていた。

これらの物語を完成させるのに、何度 彼は この坂を訪れたのだろう。

 

この物語は 何故この坂なのだろう。

この坂でないといけない何かが 彼の中にあるのだろうか。

出会いと別れに相応しい恋が、七坂の中で それぞれに浮かんだのは何故なんだろう。

 

 

物語の中でなら、いくらでも恋愛が出来る。

思い通りの恋を体験出来る。

有栖さんの恋は何番目の坂なんだろう。

全てかもしれない、、な。

 

 

に、しても・・・ 「坂」、それは不思議な魅力を持っている。

物語を生み出させてしまうような魔力がある。

 

 

私事ではあるが、近くに お気に入りの坂がある。

昼と夜で違う顔を見せてくれ、別世界へ誘ってくれる 夜の 上り坂に魅入られている。

登り切った石段は、違う世界の見えない扉を開けるような、、幽玄さが そこにある。

 

 

話を戻す。

 

よし、この七坂を訪れる事にしよう。

選んだのは 「真言坂」。

 

生玉神社の北門に位置し、主人公の ”わたし” と、8才年上の兄に似た何かの ”あなた” が北門をくぐった すぐ右手にあるベンチでやり取りをする。

 

”あなた”に会いたい時、真言坂を上って、このベンチに座りに来る。

そこへ正面の生玉さんから石段を下りて、”あなた”は横に腰掛ける。

 

悩みや迷い、とりとめのない話を聴いてくれた後、”あなた”は、もと来た石段を上って帰って行く。

そんな二人の時が9年続いている。

 

8個あるベンチ。

幾つ目に二人を座らせていたのだろう。

左端、真ん中、右端。

木立の石段から気配を感じるとしたら、これだろうか。

 

私は ”わたし” になって ”あなた” を感じている。

 

5月、初日の真言坂から降りてくる風は強かった。

それが境内には風が通らず、静寂があるのみ。

 

私の眼は石段に釘付け。

降りてくる足を感じそうになると、何故か目を伏せ私も待っている。

そして、横に、、、。

 

 

〆の時間が来ると、”あなた” は来た方向へ、”わたし” は北門、真言坂へ。

 

結婚が決まり、彼の転勤で東京で暮らす事になる。

婚約者を伴い、北門をくぐり 「家造祖神社」の前に。

建築会社に勤める彼は、意味を悟り手を合わせる。

拝んだ後、二人でベンチに腰掛ける。

 

そこに ”あなた” か゜、立ち上がって迎え会釈して彼を紹介する。

 

それは良かった、おめでとう。

安心したわ、いつまでもお幸せに。

 

頭を下げると、横の彼も会釈をしている。

そうか、彼は ”わたし” が本殿に頭を下げていると勘違いしている。

 

”あなた” は、”ぼく、行くわな” と言って いつもとは違う北門へ。

 

ああ、これが最後、もう会えない。

行って欲しくない、想いはあるのに声が出ない。

 

「今の人、どなた?」

はっとした。

彼には見えていた。

だから、”あなた” は安心して逝ったんですね。

もう自分の役目は終わったのだと。

彼なら間違いない、と。

 

”わたし” を守るため ”あなた” はストーカーに刺され命を奪われた。

その後も、”わたし” にだけ見える存在となって気持ちを支え続けてくれていた。

会いたい時は、真言坂を上りベンチで待った。

その関係が今 終わろうとしている。

真言坂を下りながら ”あなた” が消えていく。

 

私は北門を振り返っていた。

 

優しい結び。

 

有栖さんって、、、”あなた”側の人なんだろうな。

 

 

最初に 真言坂を選んだのは、勝手に自分をそこに重ねていたからかもしれない。

 

 

人生をかけて、私と私に付随するものを守ってくれた。

その存在が、あまりに大き過ぎて 消える事も見える事もない。

時折 夢に出てくる、夢にだけは出て来てくれる。

 

その夢から、なぜ、何を、今、伝えようとしているのか紐解いていくしかない。

 

 

今宵あたり、私なりの真言坂 訪れてみようか。

違う世界に答えを拾いに・・。