くもんの英語をトライアル真っ最中の息子は、小学1年生
英語のトライアルを考えるより前に「通いたい!」と言い出した習字教室の体験もまだこれからな状態ですが、他にも、水泳とサッカーとテニスも週1でやってまして、平日は学童にも毎日行ってます。
周りを見渡すと習い事3個が平均というか、中央値な感じで、
水泳、英語、〇〇
水泳、くもん(2教科)、〇〇
水泳、ピアノ、〇〇
水泳、サッカー、〇〇
水泳、そろばん、〇〇
という、組合せで取り組んでる子が多いですね。
そう。水泳は習ってない子が断然少なくて、1つ上の学年は、1年生の時泳げなかった子が2人だけだったとか。息子の学年もそんな感じ。
とは言っても、どんどん増えてしまった習い事。
今後どうしようかと考えないわけでもありません
まずは、そもそも何を習い事に求めてるんだっけ?というのを整理して考えてみます
どの習い事にも、共通して求めることは、
*継続して練習すればできるようになるという成功体験
*生涯スポーツで健康なからだ作り
*得意なことがあるという自己肯定感
*学校以外の居場所、友達作り
*経験、好奇心の探求
です。
それにプラスして、親としてできれば…という思いがこちら
*いずれ学童に通えなくなったときに備えての放課後の居場所作り
*学校という集団の中の個ではなく、1人1人と向き合って、1つのことに対して長い目でその子の成長を認めてくれる親以外の大人の存在 (親は認めてるという前提で)
最後のポイントは、もちろん学校でも個々の成長や成果を認めて褒めたり表彰してくれたりしてるのは分かってるんですけどね
学校は社会の縮図で「他の誰かと比べてできる」、「みんなと同じようにできる」と言う評価ポイントが多いのかな、って気がしてます。偏差値の考え方と同じですね
それも大事だと思うのですが、そうではない絶対評価として、個々のスタートラインを把握して、そこからどれだけ成長したか、出来ることが増えたか評価して貰えるのが、習い事の良いとこだと思ってます。
これも学校の先生も習い事も指導者にもよると思いますけど
ありがたいことに、今お世話になっている習い事の先生やコーチはみなさん熱心で、小さなことでも「前より出来るようになったこと」を褒めてくれ、息子にもそれが励みになってます
学校の先生も熱心で、「出来る子」をとても褒め周りの見本、刺激にしてくれてます。それもとても大事なことですね
学校では、浅く広くな学習指導のなかで平均と上位と、自分の立ち位置を知り、集団生活のルールを知る。
習い事では、自分と向き合う。
という、感じで。
そして、習い事は強制でも何でもないので、自分は合わないと思ったり、もう充分、と思ったらすぐ辞める選択肢があるのもポイントですね
選択肢がこちらにあるからこそ、辞める時というのは悩ましいんでしょうけど