本日のテーマ:『大手某外資系ホテルで正社員として働き、安定した生活をしていた私がなぜ退職を決め、オーストラリアに行こうと思ったのか。』
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結論から言うと、ただ単純に若いうちにしか出来ないことをしたいと思ったから。
それじゃあ、いきなり何でそう思ったのかとゆーと…
今年の2月。
3年ちょっと付き合っていた彼と婚約破棄になった。
それはそれはもう、生きてる中で3本の指に入るくらいだいぶへこんだ。
あんまり表には出さなかったけど、言葉に出来ないくらいショックだった。
食事も喉を通らず、眠れないし、仕事には行かないといけないしで、ただただ辛かった。
でもあの時、仕事がなかったらもっとずっと
泣いて過ごしていたのかもしれない。
無理矢理にでも行かないといけない場所があったおかげで泣く時間が減ったように思える。仕事があるっていいなと思った。
正直、本気で辛かったの最初の3日間。
3日間も泣き続ければ泣くことに飽きてくるし、かわいそうな自分に酔ってるだけじゃないか?と思えてきた。笑
生きてれば、仕方のないこともある。と心底思ったし、こんだけツラい出来事の後には良いことしかないだろうと。
むしろ、そんなに良いことじゃなくても
良いことだと思えるんじゃないかと思った。笑
寂しさを埋めるように男女問わず友達と遊びまくり、今までだったら会わないような人たちにも連絡した。
それが良かったのか、毎日楽しくて楽しくて、自由になった気分だった!!
とにかく色んな人の話を聞くのが刺激的だった!
あのまま結婚まで至っていたらどうなってたかな?とか、歳をとって自分が死ぬときに何を思うかな?って色々考えた。
その時に、○○をやっとけば良かった、
○○に行けば良かった…
そんなこと思いたくないと思ったわけ。
あとは、結婚したら出来ないことをしたいと考えた時にひとりで海外に行って生活する事かなと。
大袈裟に聞こえるけど、現実的に考えて
今、24歳。祖父母も両親も元気。
これが自分が歳を重ねるごとに当たり前だけど周りの大切な人たちも歳を重ねる。
やっぱり、大切な人たちが元気なうちに
行くしかないじゃん!って!!!!
日本にいる家族の心配したまま旅立てないから。
そんなこんなで両親に突然、朝起きて
『私、海外行くわー』と。
両親は、あぁーまたなんか言ってるよ~
って感じであんま本気で受け止めてなかった感じ。
でも私はガチだったから、秋までに日本を出たいからいつ会社辞めようかなーって逆算を始めた。
気持ちはもうワクワク!!
休日はひとりで本屋に行き、オーストラリアについての本とワーホリの本を何冊か購入。
ファミレスに行き、ワーホリについて調べた!
今の自分なら何でも出来るんじゃないかと根拠のない意味の分からない自信が沸き上がってきた。笑
そんな姿を見た両親は少し心配してた。
たぶん彼と別れて、投げやりになってるんじゃないかと思われてたみたい。
それでも父は自由に生きたらいいよ、でも焦るなと言ってくれ、
母はかなりの心配性。行かないで欲しいって冗談半分で言ってたけどきっと本気で言ってるとゆうことは私には分かった。
それに加えてしばらく父の体調がすぐれず、心配で仕方なかった私はワーホリに行こうかしばらく悩みまくった。
心配してる母を振り切ってまで行くものかな?今の安定した仕事を辞めてまで行くものかな?帰国してからどうしよう?などなど。
ワクワクだった私は全然ワクワクじゃなくなり、どうしていいか分からず泣いてばかりになった。
ワーホリについて調べることもやめた。
仕事は楽しいし、会社の人たちもみんな良い人だし、こんな恵まれた環境を自ら手放そうとしている自分が少しだけイヤになった。
仕事帰りの車中、涙が止まらない日もあったし、考えすぎのせいか胃痛で、会社を早退させてもらった日もあった。
このままじゃ答えがでないと思い、自分の中で1番引っかかる母の心配を拭おうと、
母には、私がどうして会社を辞めてまで海外に行きたいのか、どうして『今』じゃないといけないのか、恥ずかしいけど彼と別れてどう感じたか、思ってることを話した。
諦めたのか、『いいんじゃない』って言ってくれた。
気持ちが楽になるって、肩の荷がおりるってこうゆう事かと知った。
そっからの私はまた元気に!!!
数日後。
その日の気分で上司に報告。
帰宅し、両親に『今日、上司に退職を考えてるって伝えたよ』と事後報告。
日本、家族、今の会社が大好きな私にとって、この決断は大きなものだった。
とにかく大きな恋愛が終わり、色々考えた結果、若いうちにしか出来ないことをしようと思ったのがワーホリに行くキッカケになったとゆうこと(^_^)
自分だけで決めた初めての大きな決断。
Tabasa