法律で、
大使館はお金を貸せないことになっている筈ですが。

その眼鏡の大使館員は、
お金を貸してあげる、と宣言します。

法律違反をするのか。
そう驚いていると。


「ただしこれは、大使館のお金じゃないよ。
僕が自分のお金から、個人的に貸すだけだから」

そう言って彼は、
現地のお金を私に渡します。


しかも、
私に借用書も書かせずに。


「このお金で親御さんに連絡して、
お金を借りる約束して。
そうしたらさ、僕の銀行口座教えるから、
そこにお金を振り込んでもらって。
入金の確認を取れたら、それを引き落として、
君に渡すから」


突然渡されたお金に驚いたまま、
私は慌てて頷きます。



そして、思います。



やはり、親切だ。

日本人銃撃事件などという、
滅多に起きないようなことが起こり、
相当バタバタしている時に、

私のような、
自由気ままな旅行者、
面倒を持ち込んでくる若者が現れた訳で、

イライラするのは当たり前。
多少冷淡な対応になるのは自然。


でも、なんだかんだ言って、
こうしてちゃんと、
救おうとしてくれる。

見捨てようとはしない。



邦人保護が、大使館の責務なのですから。

これは、当たり前のことでしょう。


でも。

昨日来、
当たり前のことをしない、
この国の公務員達を。



犯罪が起こっているのを知りながら、
一切放置している警察や。

全て奪われた外国人から、
さらに金を巻き上げる入国審査官や。


そんな人々を見て来た私には。


この大使館員もまた、
フィリップ同様、
救いの神に思えて来ます。







でさ、と大使館員は続けます。

「申請するのは、パスポートの再発行だよね?」

私は頷きます。

「それなら、親御さんに、
戸籍謄本をFAXしてもらうように言って。
再発行に必要だから」

そうか、
日本で初めてパスポート申請した時と、
同じ書類が必要なのか。


私はそれを了承しつつ。

ふと、気付きます。

パスポート再発行まで、
どれぐらい時間がかかるのだろう?


それを尋ねると、大使館員は。

「ここではパスポート発行出来ないからね。
別の国で作って、送ってもらうから、
まあ最低二週間かな」

と答える。




私は、愕然としました。


確かに。

考えてみれば、それぐらいは当たり前でしょう。

日本でのパスポート取得にも、
それぐらいかかったのです。

それと同じことを、
こんなアフリカの小国でするのなら、
もっと時間がかかってもおかしくないのです。


何となく、数日で。
せいぜい、一週間で出来ると思っていた、
パスポート再発行に、
二週間以上かかる。

長い、と私は思い。


そして、
いや。

それだけじゃない、と気付く。



申請から二週間かかるということは。

全ての書類とお金が揃ってから、
二週間ということ。



戸籍謄本はFAXで済むので、
すぐに何とかなるでしょうが。

国際送金には、
数日はかかるでしょう。


申請までに数日かかる上に。
申請から二週間待たされ。


そうやって新しいパスポートを手に入れても。
やはりそこで終わりではない。

今から使用停止にしてもらう予定の、
銀行のカードやトラベラーズチェックは、

再発行手続きには、
パスポート所持が必須でしょうから、
その入手まで待たねばならない。


手続きしても、
もちろん、
即座に再発行、というのはあり得ない。

数日は絶対にかかる。




つまり。

パスポートとお金のある、
普通の旅行者に戻るまで、


少なく見積もっても、三週間。

下手すれば、一ヶ月以上かかるということ。



いや。


話はそれで済まないぞ。

既に年末が近づいている。


一ヶ月かかれば、
クリスマス休暇や、
年末年始に差し掛かってしまう。

色々な作業が停滞するでしょう。

下手すれば。


旅に復帰するのは、
一ヶ月半ほど先になるかもしれない。



その余りの長さに、
私は呆然とします。





それまでの間。

パスポートがないため、
別の国に行くことはおろか、
宿を変わることすら出来ない。


それに。
取られた現金は僅少なものであるとはいえ、
そもそも旅の資金も残り少ない。

南アフリカまで行き、
日本に戻る航空券を買う、

その旅費を除けば、
もう、それほど残っていないのです。


一ヶ月半の宿代すら、
飲食代すら、相当に怪しく。

飲まず食わずで、
無理やり何とかしたとしても。

日本に戻ってからの生活費に、
また苦しむことになる。






何もないこの国で、
絶対に好きになれないこの国で、


何も出来ず、
息を止めるようにして。


これから、一ヶ月半を過ごさねばならない。



そんなの、
懲役刑を受けているのと変わらないじゃないか。



その想像に、
私は打ちのめされます。



と。

そんな私に向かい、
眼鏡の大使館員が言いました。

「あのさ、時間がないなら、
パスポート再発行以外の手段もあるよ。
数日で、ここから出て行ける」


え。

私は顔を上げます。

驚く私に向かい、
大使館員は言います。






「『帰国のための渡航書』って、知らない?」