久しぶりにブログを更新。
6月下旬に謎?の体調不良(単なる睡眠不足からの疲れか?)をおこし、体重がげっそり。。。10㎏減。
体調は10日ぐらいで回復したもののブログを書く気力はすっかりなく以後放置状態。。。
春の訪れが身近に感じ始めるとなんだか更新してみたくなりました。
もはやうす~くなった昨年の旅の記憶を写真を見ながら思い出し、今年の”旅”の計画に思いを馳せ、
つづっていこうと思います。*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
久しぶりにブログを更新。
6月下旬に謎?の体調不良(単なる睡眠不足からの疲れか?)をおこし、体重がげっそり。。。10㎏減。
体調は10日ぐらいで回復したもののブログを書く気力はすっかりなく以後放置状態。。。
春の訪れが身近に感じ始めるとなんだか更新してみたくなりました。
もはやうす~くなった昨年の旅の記憶を写真を見ながら思い出し、今年の”旅”の計画に思いを馳せ、
つづっていこうと思います。*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
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【行先地】 しまなみ海道~大三島~尾道~大阪
【食べ処】 大三島 民宿 魚芳 海賊汁 ウニめし
【観光地】 多々羅大橋 村上水軍博物館
そして、、、無事帰る!
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さぁ、四国の旅もいよいよ最終ルートとなりました。
松山市内から196号線を北上し、”しまなみ海道”を通り、尾道から大阪へ向け帰ります。
今まで走ってきた道を思い出させてくれますね。ちょっぴり、寂しさもこみあげてきます。
3日間に渡るツーリングを思い出し、海を横目に”しまなみ海道”を目指し、北へ北へ向かいます。
そして、いよいよ”しまなみ海道”の入口、【今治市】に入り給油を終えたのちチケットをもらい
念願の”しまなみ海道”へ乗りました!
「うわぁー!気持ちえぇー!」![]()
いきなり、ごくごく平凡な感想しか出ない存在感をみせつけてくれる(≧▽≦)
”空中散歩”って言葉を思い出しました。海面をはるか下に見下ろし、眼下に過ぎゆく
島の光景は”神の国”を渡っているような感じです。
「吹き抜ける風がほんま気持ちいわぁ
」
+---うんちく-----------------------------
瀬戸内しまなみ街道は、広島県尾道市と愛媛県今治市を大小10本の橋がつなぐ、
3番目の本四連絡橋として平成11年5月ついに全橋が開通しました。
全長約80㎞の道で、”大三島、因島”など6つの島々を結んでおり、
まさに「しまなみ」と呼べる街道ではないでしょうか。
また、本州四国連絡道路の中で唯一、歩いたり自転車で渡ることができ、
当日もサイクリングで楽しむ人、散歩で楽しむ人、生活道路として利用する人など
沢山の人たちとすれ違いました。
海面をはるか下に見下ろし、島々に架かる橋は、来島海峡大橋にはじまり、
”世界一の斜張橋”として名高い多々羅大橋など”走って””見て””感じて”と
旅の締めくくりにふさわしい景色をプレゼントしてくれました。
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最終ルートは、『雨』の心配もあり正直、”しまなみ海道”ルートを選択するか迷いました。
雨の中、連絡橋を渡るのは勇気が要りますんで。
でも、写真でしか見れなかった風景が次々に目の前に出てくると、”しまなみ海道”ルート
を選択してよかった![]()
そして、天候もなんと持ち直し!”晴れ間”
も出始め、気分も最高潮!
橋の上をサイクリングで楽しむ人たちとすれ違いながら、一旦、【大三島】で降りる。
もちろん、昼ごはん!を食べるため!
そして、ぜひ寄ってみたかった”魚芳”にて”海賊汁”を注文。ヽ(゜▽、゜)ノ
★民宿 魚芳 四国側から大三島で一旦”しまなみ海道”を降り、右折ののち真っ直ぐ
尾道方面のり口へ向かい、さらに進み突き当たり右手にある。
「出てきた出てきた
」旅の楽しみは、やっぱり”ごはん”![]()
海賊汁は地場でとれる、”貝”を使い、じっくり煮込んだ汁です。
そこに、極太うどんが入っている汁ですね!
★めちゃ×2 極太うどん
。味噌とからまって「えー味」出しとりますわぁ。(⌒¬⌒*)
”うに丼”は、写真で”お箸”が置いてある碗に”しそ+うに+たまご”が乗っており
”しそ”の端っこをつまみ、「さっ」とご飯の上にはるんです。
もたもたしていたんで、見かねた”女将さん”が「はい、こうするんやよ」ってしてくれましたが。。。
感想?「そりゃーう・ま・い・わぁ」( ̄▽ ̄)=3![]()
食べましたねー。すっかり満足し、旅の締めくくりの味を堪能です☆彡
ちょっと休憩も兼ねて2㎞ほど先にある【村上水軍博物館】を見学!
★村上水軍博物館に展示されている「小早船」。「武吉丸」と文字が見えます。
【村上水軍】おそらくご存知の方が多いでしょうね。もっと大きな船を操っていたのかと
思いましたが意外と小舟だった。この船で、瀬戸内の海を支配していたんですね。
+---うんちく------------------------------
村上氏は、南北朝から戦国時代にかけて瀬戸内海で活躍した一族である。
戦国時代になると、村上氏は、その強力な海の武力を背景に、
瀬戸内海の広い地域を支配し、国内の軍事・政治や海運の動向をも左右した。
現在の宮窪に本拠を構えた能島村上氏は3氏の中で村上武吉は、どの大名
にも臣従せず、独自の姿勢を貫いた。
武吉の時代に全盛を謳歌する能島村上氏は、戦時には、小早船を巧みに操り、
火薬を用いた戦闘を得意とした。
その一方で、平時には瀬戸内海の水先案内、海上警固、海上運輸など、
海の安全や交易・流通を担う重要な役割も果たしたのである。
村上水軍博物館「能島村上氏」より 文章抜粋
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「食べて、見て、走って」と久しぶりに旅を堪能しました。
いろいろな風景を思い出しながら、”四国最後のルート”に向け、再び”しまなみ海道”へ戻ります。
四国の別れを惜しみ、【瀬戸田PA】から走ってきた、”しまなみ海道”をカメラに収め
しょうしょう思いにふける。。。
「あっ!という間だったな~。また、いつか来よう!」
そして、道はついに”四国”を離れ、本州へと続いていく。。。
「ばいばい!四国!」(^-^)ノ~~
■□■□■□■□■□エピローグ■□■□■□■□■□
~ここからは、ひたすら”大阪”を目指し走る。途中、すれ違うバイカーと挨拶を交わしながら
休憩で【三木SA】に立ち寄った。
★途中 【三木SA】で休憩
”鳥から揚げ”と”コーヒー”で一服。( ̄ー ̄)
★いや~よく走ってくれた♪帰ったらしっかり”磨いて”やるからな~。
写真手奥には、どうやら”九州”から帰りのバイクらしい。ごっつい”コンテナ”を荷台に積んでいる。
「皆、いっぱい思い出できたんやろなぁ~」と考える。
最後の給油を終え、
「さっ!あと少し、気をつけて行きますかー!」(^ー^)ノ
★ついに【中国道 吹田IC】
予想通り、中国道は渋滞していました。ただ、思っていたほどの渋滞ではなく多少ペースが
にぶりましたが、宝塚トンネルをすぎると一気に進みだした。
そして。。。ついに「吹田IC」通過! 「大阪着!」(=⌒▽⌒=)
ほどなく、「只今~」と無事帰宅しました。おわり。。。
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あとがき・・・
「いやぁ~楽しかった」の一言です。「あれも、これも、あの時も、この時は」と思い出すと数え
切れない程の風景、思い出す味。
いいですね~旅って。
これからも、いろんなことがあるでしょう。そんな、旅をまたつづっていければと思います。
そして、ずーっと読んでくれた皆さん、お疲れ様でした!
「もっと感じたことを表現できれば」と書き続けましたがなかなか思い通りに書けないですね(^^ゞ
次回、また出かけたらつづってみようと思います。
2007年6月2日 GW 旅日記~四国編 完