きょうは、新たなこころみ?というか、
やらねば的なことが出来ちゃったので、それを発信していきます~
(いつもと雰囲気が違うかもしれません。)
私は、英国式スピリチュアルリズムというものを
少し、齧っている身であり、
それをベースに、微力ながらもセッションという形で、
お役に立てることがあればと、それをなりわいとしている者でもあります。
…このブログを読んでくださっている方は、
内容がぶっ飛び過ぎていて、マジで?って感じでしょうが、そうなんです。(笑)
今日は、霊的な調査といいますか…
家に突然現れた、ゲストさんのお言葉を
皆様にも、発信できれば。
という思いで、お送りいたします。
亡くなられた方の、霊的な調査をする場合に、
その方が、生前、どんな方だったのか ということを
関わりの無い霊能者が、「こうだったんじゃないか?」ということをお伝えすることで、
本人の霊体と繋がれているのか ということの証明をする
本人確認をする作業というものがあるのですが…
私のところに、来られた方で、
私は、ご生前の、その方のことを良く知らないのですが…
多分、この人であろう…
と、言うのが…
丹波哲郎さん です。
(↑ゲストさんです~)
私は、この方が、
ご生前、どんなふうにご活躍だったのか、まったく知りません。
動画も見たことがないし、本も、こんななりわいをしていながらも
失礼ながら、読んだことがありません。
人づてに、こんな人が昔いたんだよ と、聞いたことがある程度で、
お名前は存じ上げていますが、
この方のことを、よく知らないのです。
なので、本当に、ご本人であるかどうかは、
今から書く内容で、お読みになられる方が、判断してください。
換気扇の下で、タバコを吸っていた時に、
「昔の霊能者というもののあり方と、これからの時代の霊能者のあり方」について
考えていました。
で、宜保さんとか、丹波さんという人たちが、
前に、ご活躍だったんだよなぁ~ と思った時です。
背後から、「俺を呼んだか?」と声がしました。
低く、重厚感のあるお声でした。
サングラスをかけていて、スーツの下に、タートルネック姿の
男性の姿でした。(タバコも吸ってました。)
直観的に、
あ、やべぇ、丹波さん来ちゃった…
と思いました。
丹波さんと思われる、その男性は、
私という存在を、とても面白がっているようでした。
で、ここからは、丹波さんらしき男性が、
おっしゃられていたことを書いていきたいと思います。
まず、おっしゃられていたのが、
「俺は、呼ばれればどこにでも行く。」 です。
凄く、アグレッシブに、今も動かれているようで、
肉体というものが無いから、瞬時にどこにでも行けるのだ と
うれしそうにおっしゃってました。
で、私が、今、生きている人たちに伝えたいことはありますか? とお尋ねしたところ、
「霊界はある!存在する!」 とおっしゃってました。
そして、それを証明するだけの技術を持っている人が、とても少なく、
そして、それが出来うる人というのは、あまり表には出たがらない。
もっともっとそういった方たちが活躍できるような世の中になるといい。
自分は、そのために死してもなお、この世の中にある人を応援している。
とのことでした。
今の時代に関して、思うことがおありのようで、
精神的なこと、心の声に耳を傾けること、
多くの人の意識が、そういったことに向き、大きなエネルギーになっている。
それは、大変喜ばしい変化であるが、
精神的なアドバイス(自身の持つ力、精神力を使って)をするものと、
霊的なアドバイス(霊的な、(他者)のエネルギーを使って)をするものを、
ごっちゃにしてはいけない。
霊的なものの意をくんで
それを実際に表現するもの以外は、
そのような(スピリチュアルや、霊的なもの)看板を掲げてはならない。
それを、うたい文句にするのであれば
実際に、そのような世界の意をくみ、
その世界に貢献できるような、媒体でなければならない。
(※私の考えではないですよ。あくまで通訳しているだけですよ。)
で、ここで急きょ、
私のお腹が痛くなりまして、トイレに行きました(笑)
そこでも、丹波さんと思われる方は
「いや~、腹が痛くなるというのは、久しく経験しとらんからな。懐かしいなぁ~。」
と、笑っておいででしたが…
トイレくらいは、1人にしてほしい…
で。
「痛み」に関しても、おっしゃっていたことがありました。
女性というのは、男性よりも「痛み」という経験が多いもの。
本当に、女性の体というのは、神秘の塊であり、
世の男性というのは、女性というものを大事に扱わなくては。
俺は、男として生きていたから、ある程度の好き勝手が出来たが、
女性というのは、そうはいかない。女性の体そのものが「おやしろ」であるから。
大切にしなくては。
ただ、今は「痛み」を抑えられる薬が、誰でも簡単に手に入る。
「痛み」を簡単に抑えられるようになるにつれ、
「心の痛み」にすら、鈍感になってしまうもの。
「痛み」という感覚を、大切に感じてみるといい。
生きているうちにしかできない、貴重な経験であるから。
でも、痛いのはやっぱりつらいし、嫌なものだよな~
と、私はおもいます(笑)
(痛いのは、つらい~)
人をよく見ること。
人をよく見て、我がことと成せ。
想像(創造)することを、養う力。
大人も、子供も、それが大事。
私自身の手を見て、おっしゃられたこともあります。
「あんたの手は小さいなぁ…」 と、おっしゃられた後に、
ご自身の手を見せてくださいました。
(私の手のサイズは、確かに子供用の手袋でちょうどいいくらいのサイズ感です)
丹波さんらしきその方の手は、
指が長くて、大きな手でした。
あんたの手は小さいけれど、
大きい、小さいというのでは、人は測れない。
どれだけの思い(想い)を、その手に込められるか。
人の手をいうのは、そのためにある。
にぎる。さする。なでる。つつみこむ。あたためる。
手というものは、そうゆう「媒体」である。
手によって、伝えること、作り出すこと。
大切になさいね。
私は、子供の頃からの、こういったことを感じる能力が
とても、わずらわしく、不快とかんじることもたくさんありましたが、
ある意味で、自分の好きな事と、使命というものは
違う場合もあると、思っています。
今回の、丹波さんと思われる方からの、メッセージというのは、
私自身がどうこうというよりも、
今を生き、これをキャッチしてくださる方へのメッセージでもあると思い、
これを書きました。
私自身は、スピリチュアルも、精神的な分野でご活躍の方も、
どちらも、今を生きている人のためのものであり、
どんな形であってもいいと思いますが、
今回は、私の意見ではなく、
来たメッセージを、そのまま載せました。
これを、大海の一滴だと思い、投じることとします。
だれかの心に届き、
それが、何らかの輪になって、広がって行くかもしれないから。






