イタリアでは公務員等を永く務めた人には年金がつく。その範囲はひろく、役所勤めに限らず鉄道員(イタリアでは鉄道は国営)でも年金がつく。これをペンシオナート(Pensionata) :年金がついたと言う。ミラノの街角のカフェーではその年金族が仲間とひがな語って1日を過ごす、人生の最高の至福の時らしい。ところが日本では定年後の年金はあるが、それは共済年金、国民年金と幅が広い。また年金生活者という呼称には「憧れ」の意味はない。それ税制上の呼び名である。さらに街角でぶらぶらする人間は軽蔑される。暇があったら働けという。しょうがないのでキリスト教会でも行こうかという気になる。
イタリアの歴史において国家に貢献した偉人は多い。ガリバルディなどは日本の明治の偉人に匹敵する人物だが、彼等は叙勲と同時に年金を要求したという。勲章では生活できないからである。ところが日本では年金が出るのは文化功労賞以上で、その下の等級の勲章には年金がでない。彼我の比較をすると何となく日本の方が貧しく思えるのだが。