皆さん、大変ご無沙汰しています。
“タビっち”こと、松村健二です。
お正月以来の久々の更新になりますが、
この場を借りて皆さんにご報告があります。
(ご報告が大変遅くなったうえに、長文になりますがご容赦下さい)
一部のブロ友さんには既にご存じの方もいらっしゃいますが、
僕に代わって以前からブログを更新してくれていた
“乃安姉ぇ”こと、妻・松村雅子が去る令和3年5月27日(木)の12:55に、
治療の為に入院していた大阪の病院で息を引き取りました。
59歳でした。
6年前に卵巣癌を発症して卵巣・子宮全摘出手術後、
抗がん剤治療~経過観察を経て、腹膜への転移(腹膜播腫)が見つかってからは
ここでも雅子が書いていたとおり、大阪の専門外来に通い、
別の場所への転移も乗り越え治療を頑張っていました。
その斐もあり、腹膜播種は落ち着いていたのですが、
今年に入ってから今度は肺の方が少しずつ悪くなっていって、
“肺癌性リンパ菅症”と診断されてからは、在宅酸素療法も導入していました。
5月24日(月)にいつものサイクルどおり治療の為に入院して、
25日(火)の朝までは鼻からの酸素吸入をしながらも、
主治医の先生とも普通に会話していたらしいのですが、
その夜に急激に苦しみだして、その時にはもう肺炎に
近い状態になっていたそうです。
26日(水)の早朝に連絡を受けて病院に駆けつけた時は、
酸素マスクを着けて酸素量を増やし、鎮静剤で半分眠ってる状態でしたが、
意識はあり血圧低下も見られず、呼び掛けにも僅かながら反応していたので
少し安心しながら、お義母さんと共に羽曳野の実家に帰りました。
ですが27日(木)の昼、これから病院に向かおうとした矢先に
「大至急来て欲しい」と連絡があり、
急いで病院に向かいましたが、雅子はそのまま旅立ちました。
看護士さんの話では、連絡した時点で、
もう殆ど呼吸が出来ない状態だったそうです。
あの状態では無理なのは分かってたけど、
それでも最後に一言だけでも
声が聞きたかった…話がしたかった。
そして、大阪まで来ていたのに、
最期の瞬間に一緒にいてあげられなかった事が、
今でもずっと悔やまれてなりません。
葬儀は大阪で家族と近しい親戚のみで執り行い、
四十九日も先月に、法要は無しで
家族のみでの会食という形で、雅子を偲びました。
そして一昨日、ささやかではありますが、
無事に新盆も迎える事が出来ました。

生前はこちらで出会ったブロ友の皆さん、白井貴子ファン仲間、
“BOTCHY BOTCHY”で出会った“音モダチ”の皆さん、
僕の地元仲間、大阪の友達や元同僚さん達(保育士)など
沢山の皆さんに仲良くしていただきました。
去年の“乃安”の誕生日(5/21)から始めたFacebookでも、
FB友達の皆さんとのやり取りをいつも楽しそうにしていましたし、
FB1周年の時に初公開した“乃安誕生秘話”でも
沢山の暖かいコメントを頂きとても喜んでいました。
卵巣癌を発症してからも沢山の応援を頂き、
治療で知り合った“お仲間さん”との交流も励みになり、
雅子もここまで6年間、頑張ってこれたと思います。
雅子のFacebookは今も残してあり、僕が時々、
タグ付けする形で雅子の事を書いています。
こちらのブログもこのまま残して、時々、
雅子の事を書いていこうと思っています。
更新ペースは相変わらずだとは思いますが、
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
最後に。
皆さん、“乃安”と仲良くしてくれて、本当にありがとうございました。



































































































