広島VS西武を観戦。。。そして・・・!!
今日は、広島でした。
だもんで、ZOOM ZOOMスタジアムに
広島カープVS埼玉西武ライオンズの試合を見に行きました。
4回裏ぐらいに入場しました。
スコアは広島が3点のビハインド・・・。
なおかつ雨が降り出す始末・・・。
いつもならライトスタンドか1塁側で見ますが、
西武ファンの後輩がいる為、レフト席へ。
たまたま入ってきたメールが、高校の同級生。
『ブラウンよう打つのお!!』
まさか、自分が来ているとしらずメールしてきた訳ですが、
球場にいると知り、ビックリ。
そして、篠田のエビチリチャーハンと生ビールを買って
レフト席へ。
これおいしかったですよ!!
1000円はちょっと高いけど・・・。
さて、ここからが奇跡です。
8回裏の、栗原のホームランボール、ゲットしましたあ!!!
感動・・・。
今、帰って録画しておいたスカパー映像見たんですが
かなりの勢いで、ボールにダッシュしているオレンジ野郎の姿が・・・。
お恥ずかしい・・・。
一緒に見ていた後輩が、来た!!来た!!と叫ぶ中
レフトのGG佐藤が打球を追ってきたあたりまでは覚えてますが
後は必死でした。
レフト席にお客さんがあまり居なかったのもラッキーでした!!
座席に当たってゴロゴロと転がってきたボール。
周囲の人も手を伸ばしましたが、
運よく。こっちに転がってきました。
ビデオ見たら、大事に両手でボールを掴むオレンジ野郎が映りこみしてました。
たまたま急遽、見に行った試合。
普段ならレフトでは見ない。
雨なんで、移動したレフト1階席。
高校3年間、広島市民球場でバイトしてましたが
ホームランボールをゲットしたことなんてないですもの。
それも、大好きな栗原のホームランボールです。
来ていた同級生が
『奇跡ってあるんやなあ!!』て笑ってました。
いやあ、カープ負けましたけど、気分良く岡山に帰ってきました。
たぶん、もう一生ないな(ワラ)
ラッシャー木村逝去
プロレスラーの訃報はツライです。
ラッシャー木村さんが亡くなられました。
少年時代、プロレスに初めて興味を持ったのは、
ワールドプロレスリングでした。
当時、金曜8時からの番組で
冒頭は、タイガーマスク対ライバル(小林邦昭さん、ブラックタイガー、メキシカン)
中盤は、藤波VS長州のストーリー
そして、番組の最後は
アントニオ猪木VSはぐれ国際軍団の対決でした。
手に汗握って、テレビにかじりついたのは、
今思えば、かなり酷なカードだと思います。
1対3という猪木への酷ではなく、国際軍団にとって酷なカードだと。
でも、少年は、猪木を応援します。
国際の奴らは、なんて悪い奴らなんだと。
今でも、テレビの前で熱狂した事を、鮮明に覚えてます。
その後、木村さんの素晴らしい人柄や、エピソードが各方面から
語られるにつれ、
幼き頃の、ブラウン管の向こう側の
プロレスの世界が、自分にとっていかにREALだったか?
を感じたりもしました。逆説的に。
プロレス原体験とも言える、この時期の、ワールドプロレスリングです。
日本プロレス~東京プロレス~国際プロレス~新日本プロレス
~第一次UWF~全日本プロレス~プロレスリングNOAH
と渡り歩いたレスラー人生でしたが、
国際~新日本と続いた『悲運の闘将』ではなく、
全日本~NOAHと続いた
現役晩年は、誰からも愛される幸せなレスラー人生だったのではないでしょうか?
ご冥福をお祈りします。
僕たちが好きな徳永千奈美
もう3日目ですが、まだまだ千奈美気分のオレンジ野郎です。
自由気ままにやってきた、認めちゃった千奈美師匠です。
昼公演だった気がします。
最後、帰っていくとき、
『・・・わたし、頑張ります!!』
て言ったんですよね。
なんか、それが印象に残ってます。
これからも、自由気ままにやってほしいです。
彼女は、自由で豪快。。。でも、繊細な人だと思います。
そのBerryz工房の徳永千奈美と、素の徳永千奈美が
出たり出なかったり、カッコつけたり、笑ったり、不機嫌だったり、照れたり、
そんな、彼女をね。なるべく、長く見ていたいです。
毎年、おんなじような事、書いてますけど。
エグゼ最後のひと絞り、最前列での観戦。
最後の衣装。常に露出が多めの、千奈美師匠ですが、
近くで見ると、弱冠、霜降ってました。
背中とお腹が。以前に比べて。まだまだ、ソイホーですが、
ガリッとちぃ、よりキモチ、ぽちゃっとちぃ、でした。
まあ、そんな事より、千奈美界隈の論客、舞美さんの
5/22のブログ良かったですね。
好きなちぃ、と言うか、こんな人であってくれ!な千奈美が
そこに存在していることを
教えてくれる、大事な語り部です。彼女は。







