桃缶です^^

2017年も残すところ2ヶ月。
今年はかなり怒涛の一年だった。

今年初頭に生きてる意味ってなんだろう。
何のために生きてるんだろう。
と久しぶりに重いテーマで悩んだ。
(開設から内容重いw)

仕事もせずに家でゴロゴロする日々。
お金はあるし時間もある。
大好きなバスケをしてゲームもたらふくして食べて寝るだけ。

世の人がうらやまむような生活をしてた。
そんな生活を1年もすればやはりただ消費しかせずなにも社会に貢献してない自分にどんどん嫌気がさした。

楽しさの中にあるとてつもない虚無感。
自分の廃人さ加減に生きている意味を見失っていく。

これはダメだ!私仕事した方がいい!

そう思って始めた転職活動。
やるからにはやはり自分のステップアップになる仕事をしたいと考えた。
とにかく人見知りで人と簡単に関わらない。人の話をちゃんと聞かない。
そんな性格を直したい。
その割にはわがままだからか自分の思い通りに生きてきた。
ある意味人を動かすことがうまいのでは。
それも生かした仕事をしたい。

そんな中で出会ったのが今の仕事である。

しかしやはり人と関わる仕事は事務とはまったく違った。
やはり対応の難しさ、お客様からの叱責のお言葉、辛い思いもたくさんした。

離職率も高い仕事なのも納得の忙しさと精神的な辛さ。
でもやはりその中で積み上げていく仕事は目に見えて成果が出る楽しさや自分の成長を実感できる楽しさがあったのである。

仕事は辛くもあるが生きてる意味にもなるというなんともワーカホリックで日本人的な考えを思っていたようだ。

なんでこんな辛い思いを…とも思うがやはり仕事をしてない虚無感に比べれば仕事をしている方が楽しいと毎日頑張っているのだ。

これが怒涛の1年になった理由の一つ。


もう一つ。
なぜ私は働かなくてもお金があったのか。
私の肩書きはプータローではなく、
専業主婦だったからだ。

ステキな旦那様に大切にされて仕事もせずに好きに遊んでいたのだ。
ステキな旦那様といったが人として素晴らしい方だったがどうも私とはウマが合わなかったらしい。
そう離婚したから生活が一変せざるを得なかった。

私が子供っぽかったのか旦那様が亭主関白すぎたのか
離れた今となっては前者が大きな理由のような気もするが私が先に耐えられなくなった。
元々自分の固定概念がすごくその固定概念に自分をひどく縛りつけ相手にも押し付けていたのだろう。
つくづく人付き合いが苦手であることを実感した。

その守られた生活を捨て、自分の足で生活をする。

茨の道を歩んでいるが
でもそれが自分がしっかり生きてることを実感する瞬間でもあるのだ。

割とストイックな性格なのか。
いや、人に甘えると甘えすぎる節があるからだろう。
旦那様に甘えようとした結果、甘えるなと叱咤され、だったら一人で生きていけます。という結論に至ったのだ。


こうきて私はまた世間の荒波に身を投じ、
なぜか青春の1ページのように必死に色んなことを頑張り成果を出そうとしてきた。
そして、少しずつではあるがそれが目に見えた成果になったことでやはり生きてる意味を実感したのだ。

色んな人にその過酷な環境に身を置いたことを心配してもらい、
その友達の多さにも本当に感謝している。
やはり私は一人では生きていけない人間で色んな人に支えてもらっていると感謝している。

もちろん別れてしまった旦那様には本当に悪いことをしたと思う。
そして同時にたくさんのことを気づかせてもらって感謝しているのである。

今年2017年は(まだ少しあるけど)
桃缶にとっては変革の年で自分を変えようと色んなことにチャレンジした一年だった。

来年またどうなるかはわからないけど
その変革の成果が成就するといいな。