ハンマーを振るう私の脳裏には、講師のドレス姿がよぎったり、四国の炎天下の道が浮かんだり、旅先で元妻子を写真に撮る瞬間が走ったりする。
そういう時は私はしばしハンマーを握る手を休めて祈る。そうしないと手元が狂って左手をしたたかに叩いてしまうのだ。
祈らずにはおれない時には全てを置いて座禅して祈る。そうすると、やがて心安まりハンマーを握ることができるのだ。
講師の彼女はにこやかな笑顔で現れたりするが、元の妻子は姿がいつも遠くその表情が読めない。寂しいが、時の流れがそうするのだろうと自分を慰める。
そのうちに私は雑木林に響き渡るハンマーの鋭い金属音に、自分がとけ込んでいくのを快く感じて無念無想になれるのを知った。
もしかしたら「色即是空」の境地に近づけるかもしれないとも思った。石材は私のノミを軽く拒否し、わずかな傷が付くばかりだったが、私はマメの痛さも腕の疲れも忘れた。
林の中に鋭く響く金属音が、元の妻や娘や講師に直接語りかけるシラベになっているように思われて、腕を休める気になれなかった。これで三人に近づけると私は信じた。
雑木林の秋の鮮やかな彩りが終わりを告げていく中に、ハンマーの金属音は響き続けた。すぐそばに厳しい冬将軍の足音が聞こえていた。
それを同好会の面々が気遣ってくれた。彼らは一日かけて作業小屋まで仮設の電線を引いてくれた。立ち木にくくりつけて電線は最短距離をのびていた。本当に有り難いことだった。
冬の寒さはやはり無防備の身にはこたえた。体も辛いが最も大変だったのは手先だった。ハンマーを握る手もノミを持つ手もすぐに感覚がなくなった。
うっかりするとハンマーは握力の失せた手からすっぽ抜けてどこかへ吹っ飛んだ。私は悔し涙か、それともかじかむ手足の辛さの涙か、判然としない涙の中で、電気ストーブに手先をかざすのだった。
冬将軍は容赦しなかった。積雪はみるみるうちに小屋の周囲のコモを押しのけるようにして小屋の中に攻め込んできた。
最初の猛吹雪が一晩続いた朝にはとうとう作業を中止せざるを得なかった。深い雪の中をやっとたどりついた小屋は、石材もハンマーも深い積雪の下だった。私は仕方なく離れに引き返した。
離れではいつものように素描画の中から三人が出迎えてくれた。三人ともいつもの表情だったが「今日は休ませてもらうよ。」と講師らの顔の語りかけると、心なしかその表情が優しくくゆるんだ気がした。
こういう日は一日中離れの真ん中で座禅を組み般若心経を唱え続けた。こうしないと私の心は寂しさに負けてしまいそうだった。
座禅と読経と石像彫刻と、私の祈りと鎮魂の生活はこういう形に集約して始まり、いつまでも続いた。思えば遠く長い曲がり道だった。
その間に私は新しい愛を得、そしてもう一つ悲しみを背負った。今となってはこの地を終ひの住み家にしようとしたことに、全ての始まりがあったと思われる。
その後のことは、全て運命の神のなせる技。その運命にこの身を任せてきた。もう瞑想の中にも彼女らの顔は滅多に出てこない。
今は、亡き愛しき人々も、私を許してくれているのだろう。この罪多き私を……。
~完~
