悲しい記事になると思いますので、
いやだな・・と思う方はスルーしてください。
やっとパソコンのスイッチを入れました。
メッセージやコメントをくださったみなさま
本当にありがとうございました。
ブログを始めて何度も感じてきたことですが、
あんな訳のわからない記事にも
心を寄せて声を掛けてくださるブロ友さんに
支えていただいてます。
感謝しています。
今日は
亡くなった友だちとのお別れのつもりで
書きたいと思います。。
先に亡くなったAさんは
ずっと闘病生活を続けていました。
手術も終え回復を待っていたとき・・逝ってしまいました。
そしてBさんは、
病気を抱えていましたが、
入院することもなくいつも通りの生活をしていて
子どもを作業所に送ったあと
そのまま・・倒れてしまい・・逝ってしまったそうです。
二人とも
息子と同じ作業所に子どもを通わせている
ママ友で、
お互いの子ども達が小さい頃から一緒にガンバッテきました。
20年の付き合いになるんですね。
お互いに
愚痴り合ったり
励まし合ったり
助け合って生きてきました。
戦友でした。
どうしてこんなことに・・。
おかあさんが居なくなったことで
子どもたちは
家を離れ施設に入ることになるようです。
お父さんが仕事をしなくては生活できません。
障がいを持たない子なら
お父さんと助け合って
何とか暮らしていけるのかもしれませんが、
知的な障がいのある子たちは
誰かがそばに居て見ててあげなくては
安全もはかれないのが現実です。
お父さんが帰ってくるまでの時間
ずっとヘルパーさんについててもらうことは
今の制度ではむつかしいです。
だから・・遠くの施設に行くことになりました。
突然おかあさんが亡くなれば
知的な障がいがあってもわかります。
不安な気持ちをいっぱい持ってることと思います。
でも、
言葉にして
誰かに聞くこともできないのです。
なのに・・。
どうして!どうして!
彼女達もこんなこと望んでなかったのに・・。
私たちは
作業所の近くにちっさな施設のような物を
作ろうとガンバッテきました。
いつも通ってる作業所の仲間と
そのまま一緒に
眠ったり、暮らしていける場所。。
実現してたら
今までの生活を続けながら
子ども達も
家と施設を往復しながら
だんだんに親元を離れることができたのに・・。
いつか実現したら
また一緒に私の息子とも一緒に
いろんなこと
やっていけるよ。
だから
ちょっとの間、寂しいケド
今度行く施設で待っててね。。
障がいの子を持つママ友と
こんな話しをしていました。
「ずっと、ずっと子どもの送り迎えをしている私達は
きっと事故に遭っても
魂は身体を抜け出して
子どもを迎えに行ってるよね。」
って。
「自分が死んだことにも気付かず
子どもに付き添ってるよね」って。。
この言葉は
障がいのある子を育てる後悔とかじゃないんですよ。
そのくらい
濃密な時間を生きてる。
覚悟を持ってる。
ということ・・なんです。
一気に書いてしまいました。
書いたこと
後悔する日がくるかな?
わかりませんが、
書かずにはいられませんでした。