⑦ また、k1 WORLD GP 2005 in TOKYO 決勝戦の1回戦において武蔵に判定負けしたルスラン・カラエフは「武蔵選手はノックダウン、もしくは、ノックアウトしないと勝てないことは知っていました。それができなかったことが、私の間違いでした。」とk1後のインタビューで発言している。
2006年5月13日オランダ・アムステルダムでの、フランス人ジェロム・レ・バンナ vs. オランダ人レミー・ボンヤスキー戦は、明らかにバンナ優勢のk1内容であったにもかかわらず、オランダ人ジャッジ 3人の判定2-0でレミーが勝利した。バンナ陣営から判定結果に強い抗議を受けた結果、k1にてビデオでの再ジャッジが行われて6月30日に正式に結果が出され、日本人6名、アメリカ人2名で構成されたk1によるビデオ検証の結果、3-0でバンナの判定勝利に変更された[1]。この試合は選手の人気や国籍が試合結果にk1しているのではないかというファンの疑念を深めてしまった。t89






⑥ k1は試合の判定結果などにおいて、大会運営者の中立性・公平性への疑問が呈されることが多い。例として2004年7月7日、「k1 WORLD MAX 2004 ~世界一決定トーナメント~」において魔裟斗は決勝戦でブアカーオ・ポー.プラムックと対戦したが、ダメージの蓄積に加え、ブアカーオの攻撃になすすべもなく 3Rにはフラフラの状態で戦っていたのにもかかわらず、3R終了時点判定1-0で延長R突入となり、延長Rで判定負け、準優勝となった。この判定は問題となり、大会終了後の7月9日に「3R終了時点の判定はミスジャッジングであり、不適格かつ不可解」であったとして、角田信朗を始めとしたk1の処分を発表した。また、3R終了時点でブアカーオが3-0の判定勝ちであったことを正式に認証することになったが、公式記録上の変更は行わなかった。さらにレイ・セフォーはk1 WORLD GP 2004 決勝戦のトーナメントにおいて武蔵に判定負けした際のインタビューで「k1だけでは報われない何か別の力が働いてしまったとしか思えない。」と発言している。t89






⑤ さらにその準々決勝でホーストは再びサップに敗れて敗退したが、サップが拳の骨折の疑いがあったためドクターストップで準決勝を欠場し、ホーストが敗者復活で準決勝に進出。そして準決勝ではレイ・セフォーと対戦し、セフォーが自ら蹴ったローキックで自分の脛を怪我する自滅によってホーストはノーダメージで1RKO勝ちで決勝進出。決勝では準決勝までの激闘で既に大ダメージを蓄積していたジェロム・レ・バンナの左腕が限界に達し、さらにレフェリーを務めていた角田信朗の不可解なレフェリング(k1を参照)によってバンナの左腕が粉砕骨折し、ホーストが前代未聞のラッキーな形で優勝を果たした。このように、選手の実力以外の運などの面が優勝に左右される要素があまりにも大きいことについてk1や専門家から批判が相次いでいる。
こういった批判を踏まえて、2007年からはトーナメントと併行してプロボクシングなどと同じワンマッチのタイトルマッチ制を導入。始めにk1を境界としてヘビー級を分け、スーパーヘビー級とヘビー級の世界王座を決定し、以後は60kg以下のライト級、85kg以下のライトヘビー級の王座も創設予定である。さらに、世界王座だけでなく、地域王座、国内王座なども創設し、世界ランキングを作ってランキング上位の選手が世界王座に挑戦していくシステムk1を作っていく予定である。また、これらの階級・王座を認定していくことによって 2011年をk1に世界各国5階級5選手による国別対抗戦、「k1 WORLD CUP」の開催を目指すことを表明している。t89