2月8日。
母親の命日。
あの日のことは忘れません。
あの日から6日前の夜。
いつも落ち着き払ってる弟からの電話連絡。
『母親の呼吸が止まった』と。
御見舞いして軽く話して…洗濯物等々まとめて部屋を出ようとしたら様子がおかしく…
ナースコール。
その数分間、脳に酸素が行かなくなり意識は無いけど呼吸が復活し……
翌日朝には自分も病院へ行くことができ眠る母に対面。
先生に呼ばれ兄弟のこれからの希望を選択してくださいと…
先生『先ずは、この先御母様の意識が戻ることは無いと思われます。何かあった場合の延命処置何ですが延命処置をするなら病院をあげて出来る限りのことはします。その辺を考えてみてください』と…
自分『自分、5日くらいいますから結論は5日後で良いですか?』
先生『わかりました』
そして部屋に戻り弟に…
その2年前、最初の入院の時に母親が…
母親『今年の桜は見れるかな?』
なんて気弱な子とを言い出した時には…
自分『馬鹿なこと言ってないでリハビリしながら退院のこと考えてや』なんてことを言ったり…
母親が食事中に…
母親『ご飯を食べられなくなったら死んだ方がいいな』なんてことも言ってた。
まぁまぁ…呑兵衛の母親のことでしたから酒のことを言ってたのかもしれませんが…
その言葉だけは頭に残ってたから。
弟に…
自分『どうする、延命治療』
弟『俺は無しだな』
自分『俺も…』
弟は言われる前から腹を決めてました。
でもね、呼び掛けるとね…閉じたまぶたのなかで眼球が動くんですよ。
そんな光景を先生に説明して呼び掛けると眼球が動く。
先生も『おっ、反応してますね』なんてことを言ってくれてね……そんなこともあり弟は日中、自分は夜の病院に泊まり母親の様子を見守り万が一、意識が戻るかもと期待を持ってましたけど。
そして5日後の2月8日。
先生の回診の時に…
自分『延命治療ですが、お断りします』と。
先生『今現在、容態は安定してますが万が一のときは延命治療は無いと言うことでよろしいですね』
兄弟『はい』
先生『わかりました』
と…
その時…呼吸が乱れ…数値が下がり…
すーっと…呼吸が止まり…
静かに旅立って行きました…
もうね…泣きながら思いました。
この5日間のことを……
母親『この親不孝者の息子たちよ、おっ母は呼吸するのも辛いんだから、さっさと逝かせろ。朝から夜中まで見張りやがって、美味しい飯と酒を先に逝ってる奴等と呑みたいんだよ、早く諦めてくれよ』なんてことを思ってたのかなと…
あの機械の画面が『ツ━━━━━━━━』ってなったときに頭をよぎりました。
これで良かったんだなと…
その答えを聞くのは、まだまだ先になるかと思うけどね。
もう日付が変わってるけど…
今頃、祖母と母親と母親の兄弟の長男、次男、長女、四女…そして甥っ子…全員酒好き(笑)
毎日酒を飲んでるんだろうなぁ…
膝の上に猫娘を乗せて。
酔っ払いの戯言でした。
おやすみなさい。