この週末はお茶三昧の2日間でした。
土曜日は、お茶の先生御用達のお茶道具屋さん主催の(説明長い)歳末お茶会。
前日から着付けの準備をして荷物もまとめ、当日は早めに家を出たのに、
会場へ向かう途中、乗り換えの駅をうっかり間違えてしまいました。
会場に間に合いそうにないのでタクシーに乗ったのですが、まさかの渋滞。
結局、一緒に出掛ける人たちに迷惑をかけてしまいました。
そんなわけで、朝からとても焦りました。
準備はしてもしすぎることはありません。
さて、外部の大寄せのお茶会に参加するのは約1年ぶりです。
コロナ禍前なら色とりどりの着物を着たマダムたちが会場に大勢押し寄せて、
お茶をいただくまでに数十分待っていたものです。
しかし今回のお茶会は人数制限もあって参加者が少なく、おかげでだいぶスムーズに行動できました。
こころなしか、以前よりも着物姿は減り、その代わり洋服での参加者が増えた気がします。
このお茶会には、お茶碗の作家さんがいらっしゃいました。
お茶会には彼の作品が使われていたのはもちろん、即売会も行われていました。
その京都弁の作家さんがお茶席にいらっしゃって、作品の説明をしてくださいました。
即売会には彼の作品が販売されていたのですが、お茶碗は一番安くて9万円でした・・・。
私のお茶の先生も、7万円の蓋置(釜のふたを置くための置物)を購入されていました。
お茶の世界、恐るべし。
お金がいくらあっても足りません。
帰りに私を含めて4人で電車で帰りました。
ボーナス前の街中は、こころなしか活気がないように感じました。
私たちは着物を着ていたのですが、電車に乗っている人の暗めの服装に比べると、着物姿は華やかに感じました。
着物の鮮やかさって、身に着けている人はもちろん、周りの空気をも明るくできるのではないか、とふと思いました。
社交界ともいえるお茶会の場は、ともするとマウンティングの格好の機会にもなりがちです(マダムたちを観察すると感じる)。
でも、お茶会には良いところもあると思います。
お茶会は、今を生きている人とのふれあいや、日本の伝統や歴史を見つめる良い機会でもあります。
それにしても、お茶会には若い人をほとんど見かけなかったのが印象的でした。
需要のない商品や職業は、やがて淘汰されるのが世の常だと思いますが、お茶会はどうでしょう。
お茶会という風景も、世代の入れ替わりとともになくなってしまうのでしょうか。