東京ゼログラム

東京ゼログラム

日々を、どんどん忘れていってしまうんで。



もう一度やってみようかな自分メモ。



   無重力人生の脳内ドラマと現実という二極を交えて。

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昨日の雨雲の欠片を朝日がゆっくりと溶解していき、


向こうにこの日の晴天を約束してくれる青空が用意されているのが分かる。

ベランダから見える大木の、シルエットから色彩をゆっくりと見せてくれる


そのスピード感というか、早朝のリアル。

不思議と落ちついているなぁ、自分。


無意識の日課はテレビ。

ホントにいつもと変わらない今日。

日本人は占いが好きな人種だなと思いながらまた、


いつもの様に生まれ月の星座が示す運勢とやらを受け止めてみる。

寝室から声がした。



『・・・早起きだね。 遠足前もそんな感じだったの?』 




『いつもと変わんないよ。目覚めは良かったけど。


あ、ラッキーカラーはシルバーだってさ。』



『うん?何が?』



『僕の今日。』




それから何となく気忙しく準備をして、いつもの僕の出勤より


2時間ほど早く部屋を出た。

二人で駅までのゆるい下り坂を歩き、タクシープールが


見え始める所まで来た時、



『あ、シルバーって言ってたよね。ラッキーシルバー。』



と彼女が言った声が、早朝ともあって人影が無いその空間にて


乗客待ちのシルバーのタクシーを少し特別なモノに魅せてくれた気がした。



『・・・でも、乗ろうと思ったところにヒョコっと先客が現れて


ラッキー持っていかれちゃうのがあたしたちだよね。』


と笑った彼女の前を影がかすめ、そんなシナリオかい神様?みたいに


慌てて滑り込んできた中年女性によってソレは現実のモノとなった。

あーあ、とは声にしなかったが、次にやってきて僕らの前で停車し、


扉を開いた黒塗りの箱に、選択の余地も無く乗り込む事になったのだ。




『お客さん、ドチラまで?』



目的地を告げると、無言で走り出したタクシー。

ロマンスグレーの様な綺麗な白髪頭のドライバーの姿に、


僕らは小声で 『ラッキーシルバーだ!』 と笑ってしまった。


車内での会話は、日常の中で普段交わされているソレであって、


到着と同時に忘れてしまったが、何故か僕は


携帯電話のカメラで一枚だけ彼女の横顔を撮った。



市役所の駐車場はいつも知る様子とは違い、車は無く、殺伐としていた。


機能し始める時間より早い訳だから当然なのだが。

何となくわさわさとした気持ちになった。


彼女も少し神妙な面持ちになっていたのが分かった。

閉ざされた正面玄関の横にある守衛室の前にある窓口に立ち、


一呼吸の後、彼女の肘で急かされる様に僕はカバンから、


そう、昨晩までに何度も見直した婚姻届けを取りだし、


中から顔を出した担当者に手渡した。



『あー、はいはい、婚姻届けですね。不備はないですか?』



二人で頷いた。僕は二回頷いたように思う。


『えー、時間外の届け出はこちらでお預かりしますが、


開庁後に市民課にて審査になります。不備がなければ


お預かりした本日付で受理となり、後日郵便にてお知らせいたしますから。


はい、ご苦労様。』



絵に描いたような、何とも事務的なやり取りに


拍子抜けした僕らではあったのだが、ほっとした、が正直な気持ちだった。



そしてそのまま最寄駅まで歩き、僕の出勤までのあと僅かなひと時を



コーヒーショップで過ごすことにした。



思えばこういうゆったりした朝を迎えるのは実に久し振りで



今日の日というのもあってか新鮮な時間に思えた。




『それにしてもご苦労様だって、あの人。他に言い方は無いのかな。』



ぼやく僕の目の前にコーヒーカップを持ち上げ


『まあまあ。乾杯しよ、ね。



このコーヒーはただのコーヒーじゃありませんよー。



私たちにとって特別だからね。


と彼女が言った。 どこか照れくさかった。




『フフフ。』




『・・・なんだよ。』



『だって・・・・・夫婦だよ。』




祝福の鐘も無く、


さらさらと流れていく時間にほんの少し


アクセントをつけただけの、これもまた日常の一部なのだが


いつもと変わらないようで、



特別な思いとコーヒーの香りに包まれた


この笑顔の目撃者は世界で僕だけなのだ。

ふと視線を上げると、窓際を好んで座った彼女の遥か上空には


約束通りの青空が広がっていたのだった。





断片小説 『ある日の目撃者』


‐完‐
















 オフピークの電車は気持ちがいい。


適度に空いている車内。始発駅から乗り込むので


僕は確実に座る事が出来る。

約50分間の空白。


ほぼ毎日、同じ車両の同じ席に座る。

変化の無い日常だが慣れも手伝っての無関心さからか、


このひと時に何も期待したりはしない。


だから空白なのだ。


対面の車窓に映る雨模様は窓枠に斜めの点線を断続的に描き続ける。


今朝見たTVでは全国的に傘マークが点滅していたっけ。

ぼーっとしながら、斜めに降り注ぐ雨の軌跡に平衡感覚を狂わされつつ


ゆらゆらした気持ちで連続するそれを眺めた。


眺めるこ暫し、気が付くと僕はその少し傾いた姿勢のまま糸電話を左耳に当てていた。

耳に当てた紙コップの中に微かに響くカリカリとした音に集中すべく


すっと目を閉じると、その糸の先は車内を抜けグングン伸びていくのが分かった。

渋谷のやたらにでかいスクランブル交差点を越え、幾つかの河川も越えた。

更に先端はゆっくりと上空を目指しいつしかブナの自然林を大きくまたぐようにして海に出た。

そして代わる代わる訪れる天候の壁を突き抜け、僕の知らない大陸の


これまた小さな街へと降りていった。

僕は糸電話の紙コップを耳に強く押し当てて、


どんな些細な振動からも多くの情報を得ようとした。



急に心に到来した愛しさ。


僕は心に思い描くあの人を無意識に探していた。



『・・・・ツー、ツ・ツ・ツ・・・・・』


たどり着いた糸電話はアクセスを開始した様子だ。

鼓動が高鳴る。更に集中力を要求された。



『ルルル・・・・』



呼び出し音が耳の奥で鳴り響く。



『・・・カチャ。』



ドラムロールが鳴った気がした。心臓がバクンといった。



『おかけになった電話番号は、お客様の都合により


お繋ぎ出来ません。ピー・ガチャン、ツー・ツー・ツー・・・・・・・・・・・』





瞼を開けると、車窓の点線は消え、少し明るくなった雨空を映していた。

程なくして電車は駅に停車し、扉を開いた。

通勤途中でのワンシーン。


離れて暮らす君がこの様子を見ていたら

いったいなんて言うだろうか。



うたた寝からうつつに意識をシフトしきれない僕は、


ひと駅乗り過ごした現実のみを噛みしめ、電車から飛び降りた。



その時、僕は、

きっと笑っていたかもしれないね。




断片小説 『うたた寝お伽草子』


 -終-





いつもよりだいぶ遅い時間に小学校から帰宅した姉の胸許に

大事そうに抱きかかえられていたソレは、小刻みに揺れるようにしか歩けない

柔らかい毛に包まれた真っ黒な子猫だった。



『公園のね、花だんのね、トコにね、ミキちゃんとメグちゃんとね、

いったら、この子がにゃーにゃーないてたの。

メグちゃんがここにおいてっちゃうと、死んじゃうねっていうから。』



姉は必死にその猫を助けたい、家で飼いたいとせがんだのだが、

大の猫嫌いである母は、はじめ頑なに反対していたが、

目に涙を浮かべて訴える娘の姿に

『あんたが育てられるわけ無いんだから無理よ。

可哀想だけじゃ育たないんだから。しょうがない子ね・・・

じゃぁ、いい?ちゃんと育ててくれる人が見つかるまでだよ。

それまでクミが面倒みなさいよ、いい?』


と言い、加えて名前をつけてしまうと情が移るとも言って、

とりあえず『ちび』と呼ぶ事になったのだが、

結局、情が移ってしまったのは母親の方で、

新しい飼い主も見つからないままこの家族の一員となってしまったのだった。



それから18年の月日が流れ、

家族はそれぞれの生活を持つようになっているワケだが

今年の初めに、今は結婚して地方に住む姉が

久しぶりに帰った実家からメールで

『今朝、ちびが天国に行きました。ありがとうちび、だね。』


と知らせてくれた時、僕は久しく会っていなかったが

すっかりその名前とはかけ離れた容姿が目蓋に浮かび、

また、ちびは今どうしてるだとかの報告のついでのように

お互いの近況を連絡しあったりするのが当たり前のような

日常があった事を思うと、最後まで家族をその大きな存在で

繋いでいてくれたことに改めて感謝した。

ありがとう、ちび。



断片小説 『ちび』

-終-



刻んでやった。

ありとあらゆるモノを、まな板の上で

ガツン、ガツンと刻んでやった。

何も残したくない、何もかも。


昨日、アイツは帰って来なかった。

今日も、そしてこれからもきっと。

だから終わりにしてやるのだ。

3年半に終止符を打ってやるのだ。

本当のところ、原因はわからない。

わからないけど、

もうこの関係は終わりなのだとはわかる。


料理などたいして作れるようにならなかったな。

始めのうちは我ながらよくやっていたとは思う。

いつからかアノ無反応さに嫌気がさし、

やらなくなったのだ。

しかし今朝、目が覚めた時にふと思った。

餃子を作ろうと。


近所のスーパーで初めて餃子の皮を買った。

冷蔵庫にある…と言っても料理らしい料理を

しなくなってから随分経っていたので、

酒のツマミのようなものしか無かったが、何でもよかった。

餃子の皮に全てを詰め込んでみたかっただけなのだから。

何となくのイメージを頼りに作りだしつつも、

時折差し込む邪念が両手の自由を奪った。

何もかもが許せなくなる、

人はそんな悲しい生き物なのだろうか。

しかし思い出など、もう無意味なのだ。


トーストを一枚のせるのに丁度良いサイズの白い皿に

不恰好にも一応の形になった餃子を積み上げ

最後の皮に包みきれなかった中身を

ボールごとゴミ箱に捨てた。


手を休めると、気持ちがゆれる。

フライパンに火を入れた。


餃子を焼く…餃子を…

食べることを目的としない料理。

積まれた餃子の山を鷲掴みにし

フライパンに投げ入れた。


ジューっと激しく鳴く鍋底から極小の水晶のような油が

キラキラと跳ね上がり、その軌道が放物線を描いて

ガスコンロに無数のシミを作る。

フライパンを握る左腕の上にも多数、降り注ぎ

刺すように肌を焼いた。

水晶は瞬時に肌に薄ピンクの花を咲かせ、

その個性を痛みで主張した。


だが、手を離す事が出来ない。

わからない、わからないのだ。

こわい、この手を止めることがこわい。

コワイ、コワイ、コワイ

コワイ

わからない、わからない、

わかラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ

ワカラナイ!ワカラナイ!ワカラナイ!ワカラナイ!

ワカラナイ!

こわい、手が止まる!こわい!

助けて・・・・助けて・・・




叩きつけるようにガスコンロの火を止めた。

私はどうかしている。


かげり始めた日差しが、キッチンのカウンターから見えるリビングを覆う

分厚いカーテンの隙間からフローロングの床を裂くように伸びていた。

力無くしゃがみこむと、床に触れた指先に、

昨晩、壁に叩きつけた携帯が着信の振動を伝えてきた。

少しそれを眺めていたが、切れた。

そしてすぐまた着信。

ライムグリーンのシグナルと共に長く長く続く振動に手を伸ばすと

それは父からだった。


父はいつも不意に連絡をくれる。

心配している素振りも見せずに、

心配してくれてる。

だから私は嘘をつく。精一杯の嘘を。


「・・・どうしたの?突然。私?んー、元気よ。

そっちこそ・・・田舎での第二の人生はどうなの?

・・・んー、そうなんだ、ふーん、ふんふん。

うん・・大丈夫よ。何とかやってるわ。

うん、うん、うん・・・

え?今?えーっと、

・・・・そうだ、お父さん、お母さんの餃子って覚えてる?

そうそう、餃子をね、作ってるの。

焼き色がキレイだったじゃない?

なーに、文句ある?あはは。

私もちょっとは料理するようになったのよ。

ま、実は初めて作ってみてるんだけどね、餃子は。

創作料理みたいね、感じは・・・・

あるものみーんな、

いっぱいね、刻んで、刻んで、刻んで・・・・・・」



涙がこぼれた。


止まらなかった。


笑っていたかったのに。


私はずっと笑っていたかった。


何かが変わった。私が変わった?


あなたが変わった?もう、わからない・・・



変わらない父の声。


「・・・蓋をする前に。水を入れるんだよ、アサコ。かあさんがよく・・・・」


父は何も聞かずに餃子の焼き方を教えてくれた。


生真面目な父の、丁寧な言葉。

私はそのあたたかい声に、

ただ、ただ、うなずくだけだった。




断片小説 『キッチン』

-終-






「私が小さい時…4才くらいだったかな?


黒っぽいスーツの知らないおじさんが家に来て、


両親とリビングで話をしてたのが見えてね。

私は別の部屋で 『いい子で待っててね。』 なんて


お母さんに言われて、お菓子も人形も一緒だったから待ってたんだけど、

しばらくして部屋にその黒いスーツのおじさんが入って来て


私の名前を呼ぶから一緒にリビングに行ったの。

ソファーに両親が並んで座ってた。

テーブルを挟んで正面に案内されて。


そのおじさん、立っている私の側に膝をついて、


そっと肩を叩きながら、



『みなちゃんは、パパとママ、どっちが好きかな?』



って聞くわけ。

私、パパもママも大好きだったから、ホント決められなくて。


本当に大好きだったから。

いくら考えても、考えてもね。

大好き過ぎて、決められない程、大好きな気持ちが一杯で…


その瞬間をなんだかね、幸せに感じたんだよ、あの時。


感覚的に、なんて幸せな悩みなんだろうかってね。

可笑しいでしょ?


離婚の話し合いだったのにね。ホント、子供だったからね、私。


でも・・・たぶん、今でもあの瞬間が人生で一番、幸せだったよ。


・・・なんてね。じゃ、わたし行くから。

今まで・・・あ・・・ううん、じゃあね。


さよなら。」



ストールもコートも腕に掛けたままの、

その後ろ姿が扉の外に出ていった残像を追うように、


バタンと聞き慣れた音が響き、この部屋は密室となった。



彼女との最後の会話はこんな感じで、


なぜそんな話になったのかは今となっては分からないが、

以来、広く感じてしまうこの部屋にそのままとり残された僕は、


女々しくもまだ時々あの時の事を思い出したり、


僕との生活の中に彼女が見い出せ無かった幸せについて考えたりした。


「さて。」

休日の今日、特にやる事は無かったが、


部屋の中にこもっている理由も無かった。


不意に訪れた衝動に押されるように僕は立ち上がり


狭い玄関の壁に手をついて、爪先でスニーカーを引っ掛けながら


分厚い扉を開け、外に出た。



風は無く、僕を見下ろす日差しが足元の影を地面に貼り付けた。


「暑っ・・・」


そうなのだ。季節はその個性を暴力的にアピールした。


夏だった。






断片小説 『今まで一番幸せだった出来事。』


                           -終-







行き場の無い苛立ちが、僕の全てを空回りさせていたから。


分かってはいたのだ。日々の焦りが自分を縛り付けていたのだと。



急勾配の坂道を駆け上がる様な毎日を行く


この足を止める事が出来なかった結果、僕は仕事の一線から外れて


治療に専念しなければならない程の“痛み”を喰らう事になった。


疲労が祟った、たかが腰痛と思っていたが、わざわざ命名された


腰椎間板ヘルニアという名称に、悪性というオマケまでついた。


同期のやつらが皆、口々に言う『お大事に』が気に障った…


気が滅入る、とはこういう事なのだろう。



しかし、短期入院から通院で治療出来るようになり始めた3週間を過ぎた頃から、


成果を求め続けた仕事漬けの日常が、何だか遠く現実感を失い、

自分の代わりはいくらでもいるのだという悲しい現実だけが残った。



通い始めたこの整形外科は、個人病院であったが、

駅から近いという事と、リハビリ施設が充実している点と、


何よりそこの院長がスポーツ整形では有名らしく、


以前、何かの雑誌で見たことがあったから決めたのだ。


雑誌にあった院長の写真は、黒髪を短く刈り上げ細身で誠実そうなルックスであったが、

実際会ってみると確かに男前だが、ソレとは相反する…茶髪のセミロングを掻き上げる仕草と、


白衣の下のがジーンズが何とも医者らしからぬ印象で、加えてその話し方も


フレンドリーを通り越して、近所のお兄さん的な軽々しさだった。

だが、診察の最後に言った



『大丈夫。必ず治してやるからさ。』



という言葉が、僕の弱った心に強く響いたのだった。

しかし院長にはその初診で会っただけで、日々の治療は別の担当者があてがわれ、

毎日このリハビリ室に来てはいるのだが、順番を待つ待合室は


スポーツ整形の権威が放つ雰囲気は無く、実際のところ年寄りばかりで、


プロ選手などは見たことが無かった。


話し好きの老人女性たちの声が待ち合いに響く。

この寄り合いの様な集まりも彼女たちにとって、日々の楽しいコミュニティなのだろうと思い、

いつしかその影響もあってか、僕もこの余儀なくされた通院という日課の中に楽しみを見い出そうと、

松葉杖をつきながら通う20分程のルートを日ごとに替えてみたり、

二人いる受付の女性のクールな様子を、「あの二人は仲が悪い」という設定で眺めたり、

リハビリ担当者に回復経過を誤診させようと痛みを執拗に我慢したり…

馬鹿らしいとは自覚しながら、意味の無いことに意味を持たせてみる


そんな時間の使い方が出来るようになっていた。



日々の寄り合いでの会話の内容の中には、本当によく院長の名前が出てきていた。

“伊東ちゃん”と呼ばれているんだな、と聞こえてくるその会話の中で知った。



“伊東ちゃん”は休みの日は海に行くそうだ。



“伊東ちゃん”はまだ独身なのだそうだ。



“伊東ちゃん”は実は大の甘党なんだそうだ。



女子高生のような屈託のない笑顔を浮かべながら楽しそうに老婆たちの会話は弾む。



『あんた、最近具合はどうなのよ?伊東ちゃん、何て言ってたのさ?』




『それがやさしいのよね。ゆっくりやりましょうだって。ふふふ。』




『あたしにだって言ってたわよ。元気になるのは嬉しいけど、


会えなくなるのは寂しいなあ、だって。やぁねぇ。』




『私もね、背中の方が良くなってきちゃったから、


良かったねって、言われたのよ。


嬉しかったけど、本当は膝も痛くなってきちゃったの。


でもね、伊東ちゃんには言わなかったの。


だって、心配されちゃうじゃない?うふふ。』




・・・笑ってしまった。

人は歳を取るごとに純粋さを増し、

少女は大人になり、また少女に戻るということか。


ひとり、またひとりと順番にリハビリ室に案内されていく


少女たちの丸い後ろ姿を眺めながら、


最近、恋してなかったなぁと考えたりしていた。



断片小説 『オールドファション・ラブソング』

‐完‐








 

沸騰を知らせる、あのけたたましくキッチンに鳴り響くピーッという笛の音が



何よりも嫌いなので、ケトルの底を小突くようなコポコポと加速する振動と音を



敏感に感じて、ピーク直前、限界まで圧縮された水蒸気がケトルの笛穴から



勢いよく放出され、その笛が勘に触る音階を鳴らす前に火を止めるのが・・・



そう、自己評価ではかなりのギリギリ感で達人的に上手くなっていた。

沸点を下回り、コポポ…と失速していく様を、利休が沸騰したお湯に少しの水を差し



温度を若干下げる事で茶葉の風味を引き出すという茶道の極意に勝手にリンクさせ



これが良いのだ、と納得してみる。

 

鮮やかなピンク色で、少し大袈裟なパッケージデザインが気に入って購入した



蓮茶の紙筒から、丁度カップ2杯分の茶葉をリーフポットに落とす。


お湯を注ぎ込むと浮力を与えられた茶葉は、円錐形のポットの上部に集まってくる。


クリアなお湯に茶葉の色が滲む。


フローリングにぺたりと座り込みながら、ローテーブルの上に投げ出した右手の上に頭を預け



うつ伏せる様な姿勢で頭だけひじゃげてポットの中の茶葉の様子を観察してみる。

その一方で、去年の今頃、衝動買いしたこのローテーブルは本当に私に合っているなぁと



いつまでもこの姿勢でいられる不思議を考えたりしていた。


ハラハラとポットの底に茶葉が降り積もり始める。

お湯の色彩もグラデーションから蓮茶のそれ一色に変わった。

…きっと今が飲み頃だ。そう思うのだが、姿勢はそのまま時間を忘れていた。

伸ばした指先を弾くと、ケータイに付けられたストラップに触れた。

視線をティーポットから指先に流し、テーブルに置かれたケータイに向けてみる。


私はケータイの着信を告げるバイブレータの振動がテーブルに響くあの音が嫌いだ。



だから着信のランプの点滅に敏感になり、達人的に…いや、予知能力者の様に



なりたいとすら思っているのだ。  鳴らないケータイに念を送ってみる。

じんわりとお湯に滲む蓮茶のイメージで、気持ちをケータイに染み込ませていく。

じんわり、じんわり…と怪しげ念を送りながら、なんだか可笑しさが込み上げてきた。


…瞬間、ケータイの小さな小さなシグナルランプが光った。

私は弾かれた様にそれを握りしめ立ち上がる。

手のひらの中で震えるケータイを見つめ、ひと呼吸おいて着信を受ける。


『…あ、空港に着いたの?おかえり・・』


待ち遠しさを掻き消す為に、わざと考えない様にしていた。



それはそれは見事に何も考えない様にしていたから



気のない言葉が漏れた、そんな自分に笑えた。




そして私は思うのだ。


きっと君は、

まず私の名前を呼び、この時を一瞬で飛び越えた変わらぬ声で



『いやー、参った、参った。』 と言葉を続けるだろう。


きっと君は、

長期出張での出来事を未整理のままダイジェストで語り出すだろう。




きっと君は、



どうしても片付けなくてはならない仕事があって今日は会えそうにないと言って



残念な気持ちを強がって隠す私の様子をうかがうのだろう。


でも、きっと君は、



・・・・実はもう玄関の前にいるよ、と使い古されたサプライズを私にくれるだろう。


私は超能力者でもなんでもない。



彼を誰よりも良く知る、ただの私なのだ。




パタパタと玄関に走る。


気持ちは既に、愛しき声を抱きしめていた。




断片小説 『きっと 君は』


‐完‐





『東京ゼログラム』-あの日の空



僕は『あの日』を思い出せないことが多い。



思い出の瞬間を構成する要素(季節の個性や、その場にいた人や物etc.)の


それぞれのインパクトやその断面がいつの間にか記憶の中で再構築され、


ひとつのエピソードとして切り離された時、事実とはまた違った表情に


変化してしまっていることがあるのだ。


ほとんどの場合、自らでは気付けないのだが、同じ時間を共有した人物と


その『瞬間』の話をした時に、記憶している事象に相違がみられ、


お互いのコトバを疑う訳だが、かといって自分自身の記憶にも


100%の確証が持てないという事態。


不安定な形で保存してしまった『思い出』というデータの性質なのか?




例えばこんな事があった。


17歳の時、同級生である親友Sと共に、普通免許を取得したばかりの


先輩2人に誘われて、その先輩の実家のセダンで深夜のドライブに


行った時の話しである。


運転席と助手席には幼馴染である先輩が、


後部座席には僕と親友Sが乗り込んだ。


遠出をする訳ではない。


目的は、4人共が勝手を良く知る生活圏内の馴染みである地域を、


交通量の少ない深夜を狙っての


あくまで初心者ドライバーの練習的ドライブであった。


田舎であるし、深夜という事もあってすれ違う車も殆ど無く、


静かなトレーニングドライブだ。


車内では運転する先輩だけが運転中に話しかけるなだとか、


道が狭いだとか騒いでいたが、残りの3人は夜の静寂の中を


滑るように走るこの空間に子供であった自分たちも大人たちのように


自由に飛びまわれるツールを手に入れたという、何と言うか


開放感にも似た不思議な感覚にどこか酔っていた。



しばらく走り続けていた車は、僕が自転車で通っている


高校への道をなぞっていた。


深い木々が生い茂る下り坂のグリーン・トンネル。


その先には小さな川を渡る橋がある。


その木々で覆われたトンネルを抜ける少し手前で、


助手席の先輩がこう言ったのだ。



『ん?おい、橋のトコに女がいるぞ!』



4人は目を細めてヘッドライトのその先に見える橋の入口に目をやった。


確かに人らしきものが見える。性別を判断したのは白く長いワンピースのような


ひらひらとした何かをまとっているように覗えたからだった。



『こんな時間に・・・ろくな女じゃないな。』



時間は午前2時を回っていた。


日中は高校の通学路でもあるし、車通りも少しはある場所だが、夜は皆無だ。



『気持ちワリーし、関わんのメンドいからスピード上げんぜぇ。』



運転する先輩がそうつぶやくと、残りの3人も頷いて同意した。


緩やかな下りを加速する若葉マーク。


ひらひらと揺らめくワンピースが視界に近づいてきた。


そしてその長い黒髪の蒼白きワンピースの立ち位置の違和に


誰ともなく気付いた瞬間、車内の空気は男4人の悲鳴で飽和したのだ。



橋の下には小さな川が流れている。


水面から橋の高さまでは5~6メートルだろうか。


橋自体も長くはない。簡素な造りのどこにでもある橋だ。


ワンピースは女性だと確認できるほど近づいた車と同じ地面にいたのではなく、


橋の外の暗闇に浮かび、空中で揺らめいていたのだ。


脳裏にへばりついた光景。


兎に角それから逃れたくて、車は4人を乗せ、交通量の多い通りに向かった。



そのあと先輩は僕らを一人ずつ自宅へ送ってくれた。


これが『あの日』の僕の記憶だ。



そして補足。


翌日、寝不足のまま高校へ自転車を走らせその橋に近づくと、


警察らしき人たちがTVで見るような光景・・・


川やその付近を何やら捜索しているのに遭遇した。


学校に着き、同級生が話す『事件』について耳にしたのが



「T 市のスナックのママが外国人に殺されて、



遺体があの川の橋の下に捨てられていたらしいよ。」



という事だった。


放課後、僕は先輩のひとりと会って、今朝の事と昨晩の出来事について話した。



「ま、お化けじゃねーの?」



先輩がざっくりと結論を出して、でもそれでいいやと僕も納得して


そのままそれは記憶の奥にしまっておくことになるのだった。



ここからが本題。


あれから10数年後、親友Sと久しぶりに会った時に、


何故か『あの日』について話が流れていったのだった。


しかし、内容にいくつかの相違点があったのだ。


あれだけの不可思議な体験であるのに、記憶違いをするのだろうか?


まず、車が『現場』へと向かった方角。僕はトンネルから橋と記憶しているが


親友Sは橋からトンネルと言っていた。しかし左手側にワンピースがいたという


所は一致している。そして翌日の事。親友Sは『4人で集まって話した。』と言った。


あとは僕にはない記憶として、親友Sはその外国人の国籍だとか、


そのワンピースが揺れていたのではなく、踊っていたのだという事を


強く記憶していると言っていた。


当時の先輩二人とはその後どういった経緯だったか忘れてしまったが


会わなくなってしまったので、『あの日』について確認することは出来ない。


僕はいくつもの印象的な光景を覚えてはいるつもりだが、相反する記憶を持つ


当事者と話をしていると、あれ?そうだったのかな?と自信が持てない部分もある。



『あの日』の事を、実は何人かに僕は話している。当時も、20代の頃も、そして


30代である今もこうして話している。そして思うのだ、記憶を手繰りつつ繰り返し


語られる物語は、編集されたり脚色が加えられているのではないのかと。



結論、


これは真実が脚色され記憶。もしかしたら嘘なのかも知れません。


それは僕自身にも解らないのです。真実が何なのかも。


そして思いついたのが、確かに実体験として記憶されている


エピソードという素材をまるで別れた彼女を脳が勝手に美化して


しまう様な進化をし続けぬように、最終形にまとめてしまおうというのが


今回のブログテーマであります。


それに加えて、僕の脳内に浮遊している創作物もまとめていきたいと


思っています。以前もやってましたが、再度やってみます。






はじめまして。


無重力人生の記憶へようこそ。



[Tokyo Zero Gram]

     東 京 ゼ ロ グ ラ ム



2012年3月30日


今度こそ、出し尽くします。