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デイサービス相談員のブログ

デイサービス生活相談員の苦闘と苦悩の日記

会社の方針が決まり、案の定たいした説明もなく、「7-9でいくことになりました、シフト調整、業務の見直し、ヘルパー利用者の調整をお願いします」という短絡的かつ無責任な指示だ。




どのような経緯を経てそのような結果になったのかわからないが、労働時間が8時間となっているスタッフが、今までより1時間多く利用者へサービスを提供しなければならないということは単純に働く時間が増えるということだ。


そうならないようにシフトを調整しろというのだろうが(すでにシュミレーション済みだが)頭と後ろを30分ずつ延長することで、この部分はほぼ常勤者での対応となり、人手を要する部分はパートで穴埋めするような形となるだろう。パートさんには早い時間や遅い時間の対応は望めない。となるとあとは常勤者が時間外で対応することとなる。



メリットとしては利用者と対する時間が増えることがある。日頃から「利用者とゆっくり話す時間がない」なんて言うスタッフにとっては良いことではないかと思う。そこから得られる信頼関係や新しい発見があればなお良である。しかし一方で座らせっぱなしとなる時間が1時間長くなる利用者もいる。もちろんそうならないようにすればよいのだが、今のレベルでできるかどうかはなはだ疑問である。


また入浴に関していえば、今までAM1時間半、PM1時間であったのが、それぞれ30分ずつ延長できる。昼飯や帰りを気にすることなく、利用者さんのペースでゆっくり入ってもらえることができる。

昼食近くまで風呂が押せばスタッフはなかなか昼食にまわれず、午後の業務が押してしまうということも無くなるかもしれない。


しかしその一方では入浴業務を(特に機械浴などは)密室で2時間・・・これもまたしんどいことである。真夏のその暑さは耐えがたいものがある。

わりとアクティブな内容を求められるレクリエーション等もしかり、その内容の充実が求められる。


いずれにしてもスタッフの疲労は増大する上に負担は現場に来る。



何を根拠に彼ら(上層部)は時間を延長することを決めたのか、(収益が一番なんですけどね)

そして時間だけを決めておいてあとは現場に丸投げなのか・・(と思うけど)





(次回へ続く)


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「イーライリリー」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。


米国の大手製薬会社で1920年代にはじめてインスリンの実用化に成功したという企業である。ちなみにイーライリリーは人の名前である。


遡ること150年前・・・1860年代、とある町にあった薬局「イーライリリー」


その薬局へいつもはお母さんと一緒にやってくる小さな女の子が一人でやってきた。

手にしたわずかなお金を差し出し「ミラクルちょうだい」と訴えた。


言葉の意味はわからなかったが、小さな子供一人では心配になったその薬局の店主イーライリリーは家が近所だったその子を自宅まで送った。



自宅にはベッドに横たわるお母さんとその夫、そして医者がいた。



どうやら重い病に冒された母の病状を医師から夫へ伝えるため子供は外に出されたようだった。

しかしどうしてもその話が気になった子供は扉に耳を当て必死に声を聞き取ろうとしたときに聞こえたのが、医師の「ミラクル(奇跡)だけが頼りだ」との言葉だった。


いつも行っていた馴染みの薬局・・・そこへ行けばミラクルが手に入ると少女は思ったのだ。


当時の米国は南北戦争の最中、ニセ薬や迷信が横行していた時代・・・

しかしこの言葉を重く受け止めたイーライリリーは、それから約十数年経た1876年、人々にとって真に有用な薬の開発をめざして、インディアナポリスでイーライリリー・アンド・カンパニーを設立した。

少女が投げかけた一言の重みを深く胸に刻み、科学に裏づけされた「ミラクル」を探し求めるイーライリリーの歩みが始まったのだ。







これも先輩たちがきちんと伝えていかないといけないことだと思う。


創業の想いを伝えるというと大袈裟だが、このように自分がはじめてこの仕事についたときの気持ちを忘れずに持ち続け、それを後進に伝えていくことでルーティンワークではない「想い」も受け継がれていくのだと思う。


きっと気持ちは目の前の新人さんとそう変わりはないはずだと思う。


それらをぜひ新人さんに伝えてほしい。


はじめて仕事をした日の緊張感や不安、期待感や高揚感・・・


実際仕事を始めた時、何がしたいと思い、どういう気持ちだったのか?


あなたが初めてこの仕事に就こうと思った時、何を思ったのか?


指導にあたる先輩職員たちに言いたい。


先輩の顔色を覗い、先輩に合わせられる新人が「良く仕事ができる人」で、不器用ながら一生懸命利用者を見て利用者に合わせている新人さんが「仕事が出来ない人」とレッテルを貼っていないだろうか・・・


指導の仕方に問題があることに気がつかず、いつまで立っても仕事を覚えない(先輩の思うように動かない)新人さんに対して、「いつになったら仕事を覚えるのか・・・」「教える私たちに非はない、覚えないあなたたちが悪いのだ」と決めつけていないだろうか。


身近な我々の仕事に置き換えるとどうだろうか?


どの施設にも経営理念だとか運営方針とか掲げられていると思うが、このようにどのような想いから企業が立ちあがったのか?を知るのはとても良いことかもしれない。


(一部HPより抜粋)

































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本来なら感謝の意味も込めて年末に書こうと思っていたネタなのですが・・・

年が明けてしまいました。

今年もよろしくお願いいたします。


誰にとっても大切な人はいると思います。家族はもちろん、友人仕事仲間・・・

私が仕事していく上で、尊敬する先輩ソーシャルワーカーであり、同じ法人の同僚でもあり、友人でもあるAさんと仕事納めの(お酒も交えた)食事会をしました。もちろんその他にも同じ志を持った仲間が集まりました。


私ともう一人の介護支援専門員試験合格のお祝い・・・との名目もあったのですが、サプライズのお祝いプレゼントまで頂きました。

温かい心遣いに本当に感謝でした。


またその友人Aさんとは家族ぐるみの付き合いをさせていただいており、年末に自宅に招いて子供共々お茶をするなどして団欒の場を過ごしました。





振り返ると師でも友でもある、この方の存在には本当に救われました。



私が今の施設で相談員を経て管理者となったとき、苦しい時期がありました。産休や異動で相談員や介護主任が不在、事務員の休養・・・相談員業務、管理業務、リーダー業務、部下の育成、請求業務何から何まですべてこなさなければならない状況で、さらには会社幹部との衝突・・・



一番きつかったのはやはり幹部との軋轢でした。私の学んできた福祉や介護に関する考えや施設の方針は数字重視の法人幹部からはすべて否定されました。


会社の方針に従えないなら施設を買い取れとまでいわれました。そういった様々な壁に心が折れそうになったときにAさんの助言に救われました。


一言でいえば今のスタンスでいいこと、間違っていないことに気付かせてもらいました。それは後に仕事をしながら、さらには自ら学ぶことでその助言が正しかったと立証され確信しました。


さらには会社も少しだけ変わりました。私は会社や上司(上司と言っても介護の仕事も介護保険のことも知らない上司ですが)に屈せず私の信念に沿って働くことで自らを律し、さらには仲間のバックアップもあり、それとは関係なかったかもしれないですが、間違った上司は失脚しました。



「基本と原則に反するものは例外なく破綻する」



最近受けた研修で耳にした言葉です。

まさにその通りだと思います。

不器用でも、正しいことだけをして、真摯な気持ちを忘れずにいたいと思います。



私とこの先輩の関係のように一人の人のおかげで救われることができる・・・私も利用者さんに対しそういう支援ができるようになりたいと思います。もちろんケアはチームでおこなうことですが、そのチームの中に一人、本当に心から信頼できる人がいれば安心感も違うと思います。



Aさんは昨年大病を患い、生死も彷徨いました。そんな中普通に仕事ができる、生活ができる、多少の制約はありながらも、今まで通り生活ができることの喜びを噛み締めていらっしゃいます。それは先日の子供たちとの戯れる様子から容易に推測できました。



上記の食事会も元々は二人だけで細々と食事をしたことから付き合いが始まりました。今では心ある同志が集まり下手な研修会よりも勉強になる集まりになりました(笑)


本当に感謝してもしきれない恩人の一人であり、そして追いつくことのできない素晴らしい先輩のワーカーでもありますが少しでも多くのことを吸収し自らも成長していきたいと思います。


今年も利用者そして地域の為、自分の仕事をするだけです。

あらためまして本年もよろしくお願いいたします。















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