私には癖がある。


書き癖。

物思いに耽る時、何かを綴らざるには居られない。

後に見返すと感情任せの稚拙な文章で、読むに堪えず、恥ずかしいものばかりである。


しかしその文章こそが私のリアルなのだと思う。


私はLINE、Twitter、 Instagram、あらゆるSNSを駆使し、その時の感情をありのままに吐露してきた。


読むに堪えない稚拙な文章ではあるけれど、その文章を読み返すだけで当時の情景がありありと思い浮かぶ。


考えてみると、"思い出"を最もリアルな状況で思い返すのは写真や動画ではなく"言葉"なのではないだろうか。


私達はいつも"思い出"になり得るイベントの時、LINEで場所や時間の確認をする。

その当時のLINEを見返すだけで、友情関係や身内の空気感などが鮮明に思い出される。

多くの人が集合写真で済ませがちな"思い出"の真髄は、グループLINEなのだと思う。


例えば私の枕的に置かれている、友達と山に登った時の写真。

一面の高山植物、澄んだ空気、真っ赤な紅葉、mont-bellのレインコート、曇り空・・・。

写真見るだけで当時の情景をはっきりと思い出す。

本当に素晴らしい体験をしたと感じる。


しかしその当時のLINEを見返すと、この偉大な自然の中で、親愛なる友達とかなりアホな会話をしていたことを思い出す。

美しい眺めの中、澄んだ空気とは真逆の下世話な会話をしていた。

広大な自然の中、比べ物にならないほどちっぽけな数学教師が張り切って出した週末課題の話をしていた。


言葉には写真だけでは思い出すことのできない、その時の空気感を容易に思い出すことができる。


それはとても素敵なことだと思う。



私は昨日高校を卒業した。

あんなに仲の良かった友達は日本中に散り散りになる。


この3年間、色々なことがあったけど、本当に楽しかったし、かけがえのない経験をしたと思う。


どんなに仲が良くても、遠く離れてしまったら、毎日顔を合わせて下らない話をしていたあの雰囲気は無くなってしまう。


親愛なる友達との、あの暖かく、気の抜けた、頭の悪い雰囲気。

私の好きな雰囲気。


さようなら高校生活。


いつまでも覚えておきたい。忘れないでいたい。


だから私は言葉を綴る。






これからも私は言葉を綴る。

この大学生活も多くの言葉を綴る、色濃い時間になれば良いな、と思う。