「・・・・・・」
一人の若き女性が墓石の前に立っていた。
彼女の名前はスノー。
今日、スノーは故郷――セラ村を旅立つのである。
「おじい様、私はこの日を迎えることができました。アリティアの騎士への道の、第一歩を踏み出す日を・・・」
スノーは村を旅立つ前に、祖父であり育ての親である者に言葉を告げにきたのだ。
彼女は幼きころ、孤児院にいたのである。
祖父が孤児院から引き取り、アリティアの騎士になるべく厳しい修行を積ませたのだ。
つらかったことが多いものの、スノーは自分のことをわが子同然に育ててくれた祖父のことが大好きであった。
「おじい様が亡くなった日からもずっと修行を続けてきました。それでも、私はまだまだ未熟者です。これからも気を抜かずに頑張っていきます。」
祖父はある日病に倒れ、数日中に亡くなってしまったのである。
亡くなる間際に祖父から託された言葉を、彼女は今も忘れずにいた。
「私は貴方の意思をついで必ずアリティアの騎士になります。そして――」
彼女は手に持っていた魔道書をグッと抱いた。
「本当の家族との再会を果たします。」
「あとはこれを書いたら終わりね。」
一人の女性がにらめっこしていた机から顔を離し背伸びをしていた。
「うーん、研究者兼指導者って楽じゃないわねぇ。」
彼女は魔道都市ガダインにいる。
ガダインには魔道を学ぶために他の国から来る者が多いのだが、彼女はここガダインの出身である。
しかも、ガダインでは有名な名門の者であり、彼女はその後継者の一人であった。
そのためたくさんの知識を学ぶべく、研究者と指導者を兼任している。
「さっさとこれを終わらせて、今日はどこかへ出かけようかしら?」
そう言ったとき、ノックの音が聞こえた。
「――先生、ぼくです。マリクです。」
「入っていいわ。」
マリクが部屋に入ると、彼女はさっきのラフな感じから一転、指導者の顔へと変えた。
「今日はどんな用件できたの?」
「あ、いえ今日はアリティアに行ってくるのでその挨拶に来ました。」
「ふふ、相変わらず真面目でいい子ね。」
にっこりと微笑んだあと、彼女は言葉を続けた。
「確か、アリティアの騎士訓練の手伝いに行ってくるのよね?」
「はい、そうです。マルス様直々に頼まれたものですから。」
「そっか・・・・・・気を抜かずに頑張ってきてね。」
「はい、それでは。」
そう言ってマリクは出て行った。
「アリティアの騎士か・・・・・・」
ふっと思い出し、彼女は天を仰いだ。
「そういえばあの子はアリティアの騎士を目指して、厳しい修行を積んでるんだっけ・・・」
実は彼女には妹が二人いるのである。
しかし、彼女は名門の後継者であり、妹がいるとなれば後継者争いになりかねない。
そのため、妹たちはそれぞれ孤児院に預けられたのだ。
その一人はアリティアに、もう一人はアカネイアにある孤児院に預けられた。
「確かあの子は18歳・・・そろそろ騎士に志願する時期かしら?」
そう言ったあと彼女は姿勢を戻し、身に着けていたロケットペンダントをはずした。
「あの子は無事でいるかしら・・・」
アリティアにいる妹は育ての親からの手紙により、状況を把握していた。
しかし、アカネイアにいる妹からの連絡は一切取れていなかった。
母親の知り合いの司祭だったため、信用して預けたものの十数年の間も連絡が取れないとなると流石に不振になっていた。
「いつか・・・家族そろって一緒に過ごせる日がきますように・・・・・・」
ロケットペンダントを開き、彼女はそうつぶやいた。
希望と不安を抱きながら・・・
「・・・・・・」
少女はロケットペンダントを見つめていた。
暗い闇の中、ろうそくの明かりだけが頼りの空間に彼女はいた。
彼女は長らくこの孤児院にいる。
しかし、孤児院は名ばかりであり、その実態は孤児を戦争の道具として育てる暗殺組織であった。
彼女もまたその一人であったが、他のものとは事情が違った。
小さいころ――おそらく赤子のころからであろうか?
たびたび彼女に語りかける『声』があったのだ。
それは夢の世界から始まり、現実の世界でも聞くようになった。
その『声』は彼女に魔道の知識や、人として生きる術、またここが暗殺組織であり危険な場所であることなど、たくさんのことを教えた。
そして、赤子のときから持っていた魔道書とロケットペンダントの秘密についても彼女に教えたのである。
何故そのことを知っていたのかは彼女にはわからない。
ただその『声』はとても温かく、まるで我が子に語りかけてくれたことをよく覚えている。
おかげで、どんなに寂しいときも苦しいときも、耐えることができたのだ。
しかし、1年ほど前に教えることをは無くなったと言われその『声』を聞くことはなくなった。
「――、どうしたのですか?」
「・・・・・・アイネお姉さん?」
暗い中、そう彼女が言いとアイネと呼ばれた人物が答えた。
「ここ最近ボーっとしていることが多いようですが、大丈夫ですか?」
「私は大丈夫。ただ・・・・・・」
「ただ?」
「どこかにいるはずの、本当の家族に思いをはせていただけ。」
「そうですか・・・」
安心したのかアイネの表情が緩んだ。
アイネは暗殺組織の中でも優しい人であった。
また彼女が聞いていた『声』の話を、アイネは唯一信じてくれた人であったのだ。
そのため、本当の姉妹のように接しているのである。
「そういえばアイネお姉さん、アリティアに行くんだよね?」
「そうですよ。」
「任務、気をつけて。何か・・・・・・胸騒ぎがするの。」
心配そうな声にアイネはポンと頭をなでた。
「大丈夫です。失敗はしてきませんから。」
「そう?でも、本当に気をつけて・・・・・・」
「わかってますよ。」
そう言ってアイネはその場から立ち去った。
いなくなったのを確認すると、彼女は眼帯に手を当てた。
「・・・・・・左目よ、これからの未来を私に見せて。」
そうつぶやいたあとに眼帯をはずした。
実は、『声』が聞こえなくなる間際に彼女に力を託していた。
左目に、未来を見据える力を。
最初こそ疎ましく思っていた力も、今では誰かの助言のために役立てようとしている。
「やっぱりそうなのね・・・」
眼帯を元に戻し、彼女は決意を胸に立ち上がった。
「近い未来、ここを抜けて本当の家族と出会う、必ず・・・」
周りに聞こえないように、そうつぶやいた。
続く
一人の若き女性が墓石の前に立っていた。
彼女の名前はスノー。
今日、スノーは故郷――セラ村を旅立つのである。
「おじい様、私はこの日を迎えることができました。アリティアの騎士への道の、第一歩を踏み出す日を・・・」
スノーは村を旅立つ前に、祖父であり育ての親である者に言葉を告げにきたのだ。
彼女は幼きころ、孤児院にいたのである。
祖父が孤児院から引き取り、アリティアの騎士になるべく厳しい修行を積ませたのだ。
つらかったことが多いものの、スノーは自分のことをわが子同然に育ててくれた祖父のことが大好きであった。
「おじい様が亡くなった日からもずっと修行を続けてきました。それでも、私はまだまだ未熟者です。これからも気を抜かずに頑張っていきます。」
祖父はある日病に倒れ、数日中に亡くなってしまったのである。
亡くなる間際に祖父から託された言葉を、彼女は今も忘れずにいた。
「私は貴方の意思をついで必ずアリティアの騎士になります。そして――」
彼女は手に持っていた魔道書をグッと抱いた。
「本当の家族との再会を果たします。」
「あとはこれを書いたら終わりね。」
一人の女性がにらめっこしていた机から顔を離し背伸びをしていた。
「うーん、研究者兼指導者って楽じゃないわねぇ。」
彼女は魔道都市ガダインにいる。
ガダインには魔道を学ぶために他の国から来る者が多いのだが、彼女はここガダインの出身である。
しかも、ガダインでは有名な名門の者であり、彼女はその後継者の一人であった。
そのためたくさんの知識を学ぶべく、研究者と指導者を兼任している。
「さっさとこれを終わらせて、今日はどこかへ出かけようかしら?」
そう言ったとき、ノックの音が聞こえた。
「――先生、ぼくです。マリクです。」
「入っていいわ。」
マリクが部屋に入ると、彼女はさっきのラフな感じから一転、指導者の顔へと変えた。
「今日はどんな用件できたの?」
「あ、いえ今日はアリティアに行ってくるのでその挨拶に来ました。」
「ふふ、相変わらず真面目でいい子ね。」
にっこりと微笑んだあと、彼女は言葉を続けた。
「確か、アリティアの騎士訓練の手伝いに行ってくるのよね?」
「はい、そうです。マルス様直々に頼まれたものですから。」
「そっか・・・・・・気を抜かずに頑張ってきてね。」
「はい、それでは。」
そう言ってマリクは出て行った。
「アリティアの騎士か・・・・・・」
ふっと思い出し、彼女は天を仰いだ。
「そういえばあの子はアリティアの騎士を目指して、厳しい修行を積んでるんだっけ・・・」
実は彼女には妹が二人いるのである。
しかし、彼女は名門の後継者であり、妹がいるとなれば後継者争いになりかねない。
そのため、妹たちはそれぞれ孤児院に預けられたのだ。
その一人はアリティアに、もう一人はアカネイアにある孤児院に預けられた。
「確かあの子は18歳・・・そろそろ騎士に志願する時期かしら?」
そう言ったあと彼女は姿勢を戻し、身に着けていたロケットペンダントをはずした。
「あの子は無事でいるかしら・・・」
アリティアにいる妹は育ての親からの手紙により、状況を把握していた。
しかし、アカネイアにいる妹からの連絡は一切取れていなかった。
母親の知り合いの司祭だったため、信用して預けたものの十数年の間も連絡が取れないとなると流石に不振になっていた。
「いつか・・・家族そろって一緒に過ごせる日がきますように・・・・・・」
ロケットペンダントを開き、彼女はそうつぶやいた。
希望と不安を抱きながら・・・
「・・・・・・」
少女はロケットペンダントを見つめていた。
暗い闇の中、ろうそくの明かりだけが頼りの空間に彼女はいた。
彼女は長らくこの孤児院にいる。
しかし、孤児院は名ばかりであり、その実態は孤児を戦争の道具として育てる暗殺組織であった。
彼女もまたその一人であったが、他のものとは事情が違った。
小さいころ――おそらく赤子のころからであろうか?
たびたび彼女に語りかける『声』があったのだ。
それは夢の世界から始まり、現実の世界でも聞くようになった。
その『声』は彼女に魔道の知識や、人として生きる術、またここが暗殺組織であり危険な場所であることなど、たくさんのことを教えた。
そして、赤子のときから持っていた魔道書とロケットペンダントの秘密についても彼女に教えたのである。
何故そのことを知っていたのかは彼女にはわからない。
ただその『声』はとても温かく、まるで我が子に語りかけてくれたことをよく覚えている。
おかげで、どんなに寂しいときも苦しいときも、耐えることができたのだ。
しかし、1年ほど前に教えることをは無くなったと言われその『声』を聞くことはなくなった。
「――、どうしたのですか?」
「・・・・・・アイネお姉さん?」
暗い中、そう彼女が言いとアイネと呼ばれた人物が答えた。
「ここ最近ボーっとしていることが多いようですが、大丈夫ですか?」
「私は大丈夫。ただ・・・・・・」
「ただ?」
「どこかにいるはずの、本当の家族に思いをはせていただけ。」
「そうですか・・・」
安心したのかアイネの表情が緩んだ。
アイネは暗殺組織の中でも優しい人であった。
また彼女が聞いていた『声』の話を、アイネは唯一信じてくれた人であったのだ。
そのため、本当の姉妹のように接しているのである。
「そういえばアイネお姉さん、アリティアに行くんだよね?」
「そうですよ。」
「任務、気をつけて。何か・・・・・・胸騒ぎがするの。」
心配そうな声にアイネはポンと頭をなでた。
「大丈夫です。失敗はしてきませんから。」
「そう?でも、本当に気をつけて・・・・・・」
「わかってますよ。」
そう言ってアイネはその場から立ち去った。
いなくなったのを確認すると、彼女は眼帯に手を当てた。
「・・・・・・左目よ、これからの未来を私に見せて。」
そうつぶやいたあとに眼帯をはずした。
実は、『声』が聞こえなくなる間際に彼女に力を託していた。
左目に、未来を見据える力を。
最初こそ疎ましく思っていた力も、今では誰かの助言のために役立てようとしている。
「やっぱりそうなのね・・・」
眼帯を元に戻し、彼女は決意を胸に立ち上がった。
「近い未来、ここを抜けて本当の家族と出会う、必ず・・・」
周りに聞こえないように、そうつぶやいた。
続く