わかばマークのイラスト周辺 -7ページ目

わかばマークのイラスト周辺

お絵かき中心覚え書き
2012.4〜 高校
2015.4~ グラフィック系無認可校
2017.4~ フリーのイラストレーター


怖くて憂鬱で楽しみで胃が痛い


受験シーズンの一月くらいから
高校の登校日ほとんど無かったので
3ヶ月間ぐらい春休みだったようなモンなんだけど
この半ニート生活に
別れを告げなきゃいけないのがまず残念

楽しかったなあ
超寝て
動画見て
ゲームやって
絵描いて
もの作って
本読んで

これからは月から金まで
お盆と三が日覗いて毎日
家から出ないといけないし
やりたい事やる時間も減るし

時間は減るけど、
障害が増える分より濃い時間が持てる
とは思うからそこはまぁアレだけど




新しい学校どんなんだろう

設備はガタガタだし
事務的なとこガバガバなんだけど
体験授業の質とか見学させて貰った時の感じで
授業内容についてはすごく信頼してる

長時間の満員電車での登下校耐えられるかな
友達できるかな
競争でギスギスした雰囲気とかじゃないといいな
私は途中で絵描くの嫌になったりしないかな
人に絵を習うってどんな気分かな

ああこわい
正直めちゃめちゃこわい
ちょっとだけ楽しみ
いや、多分めちゃくちゃ楽しみ

考えてると胃がぐるぐるしてくるけど
中学・高校入学時も私はこれを乗り越えたんだものな

ああーー

どうあれ
ただ待ち、ただ行くしかない訳だから
今のうちに趣味に没頭しておこう


小さい頃から
“憧れのひと”を考えるのが苦手だった。

考えないと出てこない時点で
憧れてなどないのだけれど


小学校で“あこがれのひと”を聞かれた時から違和感があった。

たしか、
「憧れの偉人について調べ、どうしたらそうなれるか考えてきなさい」
って感じの宿題だったと思うのだけど

当時小学生だった私は、先ず先生にこう問うた
「あこがれるって どういうこと?」

先生は答えてくれた
「こう成りたい、って思うことだよ」

それを聞いたマセたクソガキは思った
「昔の偉い人と同じ事を私も繰り返すの?」
「もうその人がやったんだから、いいでしょ」

あの頃こんな風に思ったのは
恐らく、根本的に“知識不足”からなのだけど
(ただただ遊んでいた私は偉人とか知らなかったし
 努力を重ねる、なんて概念もまだわからなかった)

じゃあ好きな人とか尊敬する人を大量に見つけた今なら
“こう成りたい人”がいるかと問われれば、否である。


※イラスト三ツ目注意※




改めて、今の私が思う
「憧れの人は誰ですか」の答えを書こう。


憧れの人は居ない。まだ。
あえて言葉に起こすなら、夢を勝ち取った自分、だ。

けどまだ明確に夢決まってないしなあ。
フワァっとあるっちゃあるけど変わるだろうし

もっと正確には、後悔していない自分、かなぁ?


私に言わせてもらえば他人に憧れるっていうのは
ただ選択も行動もせず
上を向いて口を開けてつっ立ってる状態

もちろん、「すごい」「羨ましい」と思う人はいる。
他人に敬意を払うとか払わないとかそういう話じゃあない。
過去既にあった事をわざわざ繰り返したくないのだ。


もちろん、私が死んだあと振り返ってみれば
知らないだけで
私と同じような生き方をした人
なんてゴマンといるのだろうけど。
まぁそんな結果論は別として
少なくとも生きてるうちは
私は私がオリジナルだと思い続けていたいのだ。


用事で京急線を使ったんですけど、
電車内の外国人の多さ!!
日本語がほとんど聞こえてこないぐらいで

ドキドキしちゃいましたね...


電車降りて思ったのは
なんで外人が多いと不安なんだろう
ってこと

(感じたドキドキは、良い意味での
たとえば高揚感とか期待とかでは無く
もっと嫌な感じ、不安感だなとは直ぐに感じたけれど

じゃあ何が不安なのかって考えるのにちょっと時間がかかった。)

言葉が通じないっていうのもそうなんだろうけど
もしかしたら視覚的な問題、
立ち居振る舞いの違和感のせいなんじゃないかと。

些細な動作に違和感がある。
そうすると、この人は思わぬ動きをする人だって認識になる。
そうなるともう近づきたくないですよね

だって何されるか分かったもんじゃないんだから

でもそんなの外国に観光に行くからといって
一朝一夕で直せるものでもないし

私たち日本人が、
そこに外国人が居るということに
徐々に慣れていくしかない、
というか
慣れていかなければならない
んでしょうね