塾生の皆さん、こんにちは。
本ブログでは、塾生の皆さん、ご父兄の皆さんに向けた国語の勉強法を、自分の経験を踏まえてご紹介いたします。
たった1つの記事ですが、ブログの記事としてネットにアップしておき、パソコンやスマホなどからご覧いただけるようにしておきます。
つまり、この記事は、「どうしたら国語の成績が上がるのか」「国語の勉強法を教えて」という、よく訊かれる質問に答えるために、「この記事をご覧ください」と答えるための自分の手抜きに他なりません。
ただし、質問にひとつひとつ答えるよりも、自分が伝えたい内容は全部網羅できるはずなので、漏れはないはずです。
もちろん、塾での授業も大切ですが、ご自宅での勉強、あるいは習慣として取り入れることで、なかなか効果が出ないと言われる国語の勉強に効果が発揮されると思います。
【僕も国語が苦手だった】
僕は、神奈川県生まれで小学生まで県内の公立の学校に通っていましたが、小学生の中学年に入り、クラスの中に中学受験を志し進学塾に通い始める友達もいて、そんな友人たちの影響から、自分も中学受験を目指すようになりました。
従って、自分が進学塾に通い始めたのは、皆よりも少し遅い小学5年生からでした。
それまで、小学1年生から公文に通い、算数と英語を勉強していて小学校ではわりと成績も良い方だったのですが、やはり1年間の差は大きく、塾に通い始めの頃は授業についていくのがやっとで、塾内の成績は芳しいものとは言えませんでした。
それでも、半年ほど経つと、どうにか授業の内容も理解できるようになり、テストの成績も次第に上がってはきました。
塾生の皆さんは承知してるでしょうが、中学受験に向けた勉強はかなり特殊で、学校の勉強とは全く違った内容を学ぶことになりますよね。
そうした学習に慣れるには、多少の時間がかかりますが、続けていれば、学校の勉強がやけに簡単に感じるという、それほど塾の学習は高度なものと言えます。
そんな高度な学習においても、元々算数が得意で、また、記憶することが苦手ではなかった自分は、暗記科目と言われる理科と社会にはさほど抵抗感を覚えず、6年生に上がる頃には塾内でも上位の成績をとることができました。
ただし、こと国語に関しては、文章の読み取りや記述において、学校の勉強でさえ苦手に感じることさえある有様で、完全に総合成績の足を引っ張る形となっていました。
そんな僕が、第一希望の中学校に進学でき、東大への合格に至るなかで、苦手科目だった国語を克服した勉強法などを紹介したいと思います。
【国語の勉強法における通説への疑問】
僕の母親は、それほど僕に対して「勉強しなさい」とか「宿題したの」など、勉強に関しての小言を口にしたり、子どもを叱ったりするタイプではありませんでしたが、幼い頃、就寝前に本を読み聞かせしてくれたり、休日には図書館へと通うなど、一般的か、あるいはそれ以上に本や読書に触れる機会を与えてくれていたと思います。
僕も本を読むことは比較的好きでしたし、図書館で借りたとある本を好きになり、結果的にその本を買ってカバーがやぶれてしまうほど何度も読み耽ったこともありました。
従って、多少の偏りはあったかもしれませんが、語彙力は同年代の子どもよりも多少なりともあったはずです。それでも、学校や塾の国語の成績は安定せず、漢字やことわざなどの問題は正解することができても、配点が高い文章問題で点を加算することができませんでした。
これは僕の偏見かもしれませんが、大学に入り、友人たちの話を耳にするなかで、幼少の頃から読書が好きで、イコール国語が得意という人は、女の子に多く見られる傾向だと思います。
真偽は定かではありませんが、女性は左脳派で男性は右脳派、すなわち女性は文系に秀でており、男性は理系に秀でている、という通説もあるとおり、女の子で読書が好きな子は、そのまま国語の能力が伸びるけれども、自分や男の友人の例をとってみると、男の子で読書が好きな子が、イコール国語の能力が優れているとは限らない気がします。
あと、自分が国語の勉強法で、これはどうかなと思ったものとして、文章の”単なる”要約が挙げられます。
文章の要約とは、例えば新聞の社説を読み、それがどんな内容であったかを要約して記述または言葉で表現するわけですが、要約とはある意味とても漠然とした概念(がいねん)であって、読んだ人が最も印象に残った内容を中心に、比較的印象に残った内容を付けたして要約とするわけです。
つまり、読んだ人の印象に残った箇所が違っていれば、それぞれの要約は全く違った内容になりますし、要約の中心もバラバラになる可能性もあります。
これでは、文章をかいつまんで表現する、という練習にはなるはずですが、文章の本質を理解してそれを要約する、という本来の練習、あるいは学習にはなりません。
では、どうすれば要約に方向性を持たせることができるのでしょうか。それは、「要約に何らかの課題を加える」ことです。
何らかの課題とは、例えば社説であれば、「筆者が読者に伝えたいことは何か」であったり「筆者の主張、意見は何か」でもいいかもしれません。そうした課題に沿ってその文章を要約する、であればある程度要約の方向性は保たれ、その学習は意味あるものとなる可能性があるはずです。
【苦手な国語を克服したワケ】
国語の成績が今ひとつ伸び悩んでいた当時の僕が取り組んだのが、ノゾミワーズという通信教育でした。
ノゾミで学習を始めたのは、自ら自分が選んだのではなく、ネットの口コミや評判を見た母親から「これがいいんじゃないか」と勧められたからです。
もちろん、ノゾミの学習に辿り着くまでに、母親も色々と本やネットで研究してくれて、他の塾や通信教育、それにテキストなどを試していましたので、一概にノゾミが国語の勉強法として最も優れているとは断言できません。また、個人差もあったり、教材との相性もあるでしょうからノゾミの勉強が全てではないでしょうけれど、自分なりに手ごたえを感じ、一番効果があったかなと思っています。
ノゾミワーズの学習内容については、各自ホームページ
http://nozomiwords.com/
でご覧いただければと思いますが、それほど凝った内容の学習ではありません。
むしろ、他の国語学習に比べると、簡素で味気ないものと言えるかもしれません。
某通信教育などのようにキャラクターやイラストといった小学生が好むような”飾り”は教材には一切なく、課題の物語を読み、読み終えたらリーディングシートの設問に答えてシートを完成させるだけでした。※1
当時の僕は、母親に勧められるまま、塾の宿題の合間にノゾミの学習を淡々と続けていた記憶しかありませんが、振り返ってみると、最初の頃はリーディングシートの設問が難しくて、自分でもわけのわからない内容を書いていたように思えます。※2
それが、担当の先生から返却された添削内容を読んで次の課題に取り組む、という事を繰り返しているうちに、次第に先生に褒めてもらえる答えを書くことができるようになり、その頃から国語のテストでも文章題で点数が取れるようになった気がします。
期間としては約半年ぐらいでしょうか。6年生の秋頃だったと思います。
※1 現在のノゾミワーズには、「物語作文添削」という作文を書き、添削を受ける新たな学習が加わっています。僕が学習していた内容は、現在の「読解添削」になると思います。
※2 現在のノゾミワーズでは、カリキュラムが一般とジュニアに分かれており、自分が学習していた内容は、現在の一般カリキュラムになると思います。現在は、一般カリキュラムの学習の前段でジュニアカリキュラムを学習する二段階のカリキュラムになっているようです。
ノゾミでは、文章の読み取り、記述が学習内容となります。
もちろん、中学受験の試験では、文章題において、その内容をきちんと読み取り、設問に対して的確に記す能力が問われ、またその配点が高いため、試験対策としては効果的なものと言えるはずです。
この基礎学習に加え、塾の問題集を解くことで試験対策として実践力を身につけることができたと思います。
あと、それ以外の、漢字の読み書き、慣用句・ことわざ、反対語・類義語、俳句、文学作品の知識については、塾のテキストを繰り返し勉強することで効果が得られるはずです。と言いますか、これらは繰り返し勉強して覚えるしかない、とも言えます。
自分が通っていた塾では、設問と答えが1つ1つ対になっているテキストがありましたので、1日に2ページと決めて、答えを隠してノートに回答し、1つ1つ答え合わせを行い、間違った回答があった場合には、正しい答えをノートに自分が覚えたと自信が持てるまで書き写して勉強していました。
そうした暗記学習をしていて小学生ながらに思ったのは、何度か繰り返すうちに間違える問題はほぼ限られてくるため、正解できる問題を飛ばして、間違えやすい=覚えられない問題に印をつけ、だんだん取り組む問題を絞っていくのが時間の節約になるため効率的じゃないかな、と思います。この点に関しては、皆さん同じように取り組んでいるはずかと思いますが。
【コミュニケーション力は国語力に通じる】
あと、国語の勉強法とともに僕が重要だと考えるのが、家庭の環境、習慣です。
最近、ゲームやスマホなどの普及により、子どもたちのコミュニケーション力が欠如しているといったことが言われています。
つまり、ゲームやスマホに夢中となる時間が大幅に増えて、自分以外の家族や友達とのコミュニケーションをとる時間が減っている、ということです。
大家族で育った子どもが、コミュニケーション力に長けているといった説もあるようですが、僕の周りの友人を見渡しても、祖父や祖母と同じ屋根の下で暮らし、親や兄弟とともに大勢の中で幼少期を過ごしていた人間は、対人関係をスムーズにこなせる、というイメージがあります。
そして、それとともに、彼らは自己表現力に長けている印象を持ちます。
ここでの自己表現力とは、自分の意見や考えを言葉で表すことを指しますが、これは喋りだけにとどまらず、文章においても同じ傾向を見てとることができます。
同じ中学高校、そして大学まで一緒だった友人の一人は、家に祖父と祖母がいて、兄と妹の計7人で暮らしていました。ペットの犬とネコを合わせれば10人?でした。
たまに家に遊びに行っていましたが、祖父母やご両親はそれほど賑やかな人柄ではなかったため、日常的に言葉に溢れていた、というわけではなかったようですが、それでも夕食時は7人(僕を入れると8人)が一つのテーブルを囲んで、その日にあった出来事などを語り合い、和気藹々(わきあいあい)と過ごしており、両親と弟の4人家族だった自分の家と比べ、家族と会話する時間の総量は膨大なものだったはずです。
彼は誰とでも自由に議論するタイプの人間で、自己表現力に優れ、語学も堪能で、大学を卒業後、ハーバードへと旅立ち、今、とあるベンチャー企業のトップとして業界を牽引する立場に収まっています(ちなみに、彼も小学生の時にノゾミの国語学習をしていたそうです)。
もちろん、そうした大家族という環境を誰しも持ち合わせているわけではありませんが、核家族であったとしても、親や兄弟とのコミュニケーションが盛ん=仲が良い家庭で過ごすことが、高いコミュニケーション力を育て、それが自己表現力や国語力にまで派生(はせい)するイメージは強いように思います。
【進学してから役立つこと】
中学受験の勉強は、大学受験の勉強に通じるものと言えます。
とりわけ、中学受験で勉強した算数は、東大の数学の基礎とも言えるため、しっかりと勉強し、きちんと理解をしておいて損はありません(それほど高度で意味のある内容という事です)。
また、社会と理科で覚えた知識も、もちろん大学受験においても役に立つことが多いです。もちろん、必要となる知識の量、範囲は違いますが、一度覚えた事は、一旦忘れてしまったとしても、次に覚える際に何らかの役に立つはずです。
あと、国語ですが、大学受験に限らず、就職試験においても、また、就職した後も、文章を的確に読み解き、自分の意見や考えを表現する能力は肝(きも)と言えるはずです。とにかく、読解と記述の勉強をしっかり行っておくことが、今後の人生にきっと役立つはずです。